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村松克哉

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2007年06月27日
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支払ったはずの年金保険料が領収証も発行せず、年金手帳も何の証拠にもならないという国民へのごまかしを自民党と公明党は隠し続けた。民主党の長妻議員の追及でついに露呈されたのである。ばれちゃあ仕方がないと開き直り、国民への公的年金をノーパンしゃぶしゃぶなどの私的流用に着服しているエリート官僚のツケは、首相や大臣の夏のボーナスの一部(全部ではない)返上で国民の怒りは抑えられると考えている自民党、公明党の神経が卑しいといわざるをえない。エリートといわれる官僚、大臣や首相、政府与党。これらの者は根本的に間違っている。国民を馬鹿にするなといいたい。日本のエリートたちは、いったいいつから人としてやっていいことといけないことの分別がなくなってしまったのだろうか。つめこみ勉強、暗記だけの機械的勉強による試験の成果だけで優秀とされ、異常な受験を経て東京大学に入学し、卒業しさえすれば、キャリア官僚への道が切り開け、その後は政治家、大臣、最低でも特殊法人への天下り人生というのが日本型エリート像だが、これらの者は、日本の国のためになっているのだろうか。国民への公僕として仕事をしているといえるのだろうか。基本的に人としての徳に欠けているものがあると言わざるを得ない。官僚機構というより、教育制度自体が何かおかしいし、間違ったのではないだろうか。政府与党の似非改革の一環として教育改革論議で道徳教育の再考が取りざたされているが、やはり、日本は明治維新以降、心の病に取り付かれてしまっている。信じられない道徳違反な事件が官僚、政治家、経営者を中心に巻き起こっている。すべてとは信じたくないし、そこまで日本人は絶望的だとは思わないが、厚生労働省、外務省、財務省、国交省などの官僚はおろか、社会保険庁の官僚でさえ、自らの不祥事に対する責任をとることさえ拒み、年金問題でもたった1回分のボーナス返上さえ拒んでいるというのは何かがおかしい。人間というものはまことに勝手なもので、自分で自分をよほど注意していないと、とかく責任を転嫁して、安易な納得に陥りがちとなる。我に罪なしすべて世間にあり-そうではなく、我に一切の罪あり世間にはなし、というぐらいの心構えで、どこまでも深く自己反省をするべきではないか。たった1回分のボーナス返上で国民の怒りを抑えたいという与党、政府の心も卑しい。官僚の不祥事が過去、何度も日本を危機の淵に立たせてきた。結果、不幸のどん底に突き落とされるのは一般の国民である。さきの悲惨な戦争での記憶が風化しつつある。「ある日突然に一枚のはがきでこどもは出征し、見上げる空からは焼夷弾が雨のように降ってきて、営々と築き上げてきた我が家が燃えさかる。そのなかを、着の身着のまま逃げまどうて、自分と自分の家族のささやかな幸せはどこへやら、悲嘆の淵に立つ。」あのかつての日の悪夢は、今は遠い歴史のなかに埋もれて、お互いにやっぱり自分と自分の家族のささやかな幸せを求め続けている今日このごろである。日本の国は日に日に揺れ動いて、なにやら世間の気配がおかしい。日本の行く末がおかしい。おかしいと思いながらも、日々をすごしているけれど、このまま自分のことだけを考えていてよいのだろうか、本当に。公というものを国民のひとりひとりが皆で真剣に考えなければいけないときにあると思う。





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最終更新日  2007年06月27日 17時47分13秒 コメントを書く
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