320life

PR

プロフィール

ノマ@320life

ノマ@320life

キーワードサーチ

▼キーワード検索

カレンダー

2023.08.18
XML
テーマ: 読書(8290)

書名



祖母姫、ロンドンへ行く! [ 椹野 道流 ]

感想


2023年181冊目
★★★★

これはね、良かったです。
「ステキブンゲイ」でのWeb連載「晴耕雨読に猫とめし」の書籍化。
素敵な表紙は、よく見るとちぎり絵になっている。
しかもこれ、ネットのページを見たら

カバー装画は、『90歳セツの新聞ちぎり絵』で話題の、超絶センスのおばあちゃん・木村セツさんが担当。「祖母と孫」のお話にふさわしい新聞ちぎり絵(クロテッドクリームと苺ジャムのせスコーン)が目印となります。


とのこと。

椹野道流さんは、ドラマ化もされた『最後の晩ごはん』シリーズなど、ライトノベル系・BL系の小説を多く書かれている方。
ちなみに法医学者、監察医でもいらっしゃる。

今回、エッセイは初めて。

内容は、フィクションかと思うようなお話。
2時間ものの映画にしてみたいと思うような物語。
ドタバタコメディ、そしてヒューマンドラマ。
リッチな旅行のホテルの内情を知ることもでき、
また少しのラブストーリー要素もある、盛りだくさんの英国滞在記。

著者はおそらく現在、50代後半〜くらいじゃないかと思うのだけど(1996年にデビュー)、その彼女が20代後半くらいだったころのお話。
正月に集まった親戚たちの間で、祖母の「死ぬまでに英国へ行ってみたい」という願いを叶えてやろうという話になる。
スポンサーは叔父たち。ガイドに白羽の矢が立ったのは、英国留学経験のある著者。
著者はアテンドとして姫君気質の祖母を連れ、二人はファーストクラスの飛行機に乗り、5つ星ホテルへ滞在し、日々気まぐれで配慮が必要な祖母と観光にでかけていく。

「大切なのは、お祖母様には何ができないかではなく、何をご自分でできるのかを見極めることだと思います。できないことを数え上げたり、時間をかければできるのにできないと早急に決めつけて手を出したりするのは、結局、お相手の誇りを傷つけることに繋がりますから」


お年寄りの介助をしたこともなかった著者は、行きの飛行機でCAに教えを請う。


「当ホテルのゲストでいらっしゃるからには、このロンドンで、ひとりぼっちで解決しなくてはならないことなど何ひとつありません。困ったことがあったら、必ずお電話を」


宿泊先の5つ星ホテルは、専属のバトラーが付き、世話を焼いてくれる。
ホスピタリティの権化。
ここ、映画「クレイジー・リッチ!」の冒頭を見たところだったので(シンガポールの大富豪の夫人が、アジア系というだけでスイートルームの予約を「お間違いでは?」と追い出されそうになる)、本当の高級ホテルは「東洋の猿め」みたいな態度を取らないのだな、と感心した。
当時は今よりもっと人種差別がひどかったのでは?と憶測するのだけど、この本には(意図的かもしれないけれど)一貫して登場しない。

祖母が寝た後、留学時代の仲間と再会するため、夜の街へ繰り出す著者。

同じ「仕えるもの」として親しみを込めて、仲間内のように扱ってくれるホテルの人たち。
ここがこのお話(エッセイ)の肝。
「祖母と孫娘」ではなく、「奥様とお付」と誤認されたからこそ、ホテルの従業員たちは裏側を見せてくれる。
最後、ソウルメイトでもあった元ボーイフレンドに会いたいという著者の願いを叶えようと、みんなが力を合わせるところは、ロマンチックで涙が出そうに美しい。

きらきらしたものが好きな祖母を連れ、観光で美術鑑賞に赴く著者。
5歳くらいの男の子が絵の前にはられたロープをくぐったところを目撃する。
そのとき、美術館の人はただ腰をかがめて、子どもにこう言う。

"Be a little gentleman!" 「小さな紳士であれ」


そして「ご協力ありがとうございます」と子どもと握手をした。
その光景に胸を打たれた著者。
祖母もまた男子には「小さな武士であれ」、女子には「小さな清少納言であれ」と言うべきであったかと口にした。
なぜ小野小町や紫式部ではなく清少納言なのか?と尋ねる著者に、祖母は面白い文章を書いて主を支えた清少納言の生き方こそ美しいと言う。

「小説を書いて食べていくんなら、そういう書き手になりなさい。有名になりたい、褒められたい、売れたい……そういう欲はグッと抑えて、何より、誰かの心に寄り添うものを書きなさい。自分のためだけの仕事は駄目よ。たとえ売れたとしても、儲かったことより、たくさんの人の心に触れられたことをこそ喜んで、感謝もなさい」


なるほどなあ、と思った。
椹野さんの作品は、「誰かの心に寄り添うもの」だ。
寒い日のあったかいお鍋みたいなお話が多い。

滞在中、おしゃれに興味もなく、化粧っ気もない著者に、「お姫様」な祖母は言う。

「もっと綺麗になれる、もっと上手になれる、もっと賢くなれる。自分を信じて努力して、その結果生まれるのが、自信よ」


堂々とした態度で、いつも物怖じすることなく突っ込んでいく祖母。
その源は、たゆまない努力だった。
そして、その努力を続けられる自分への、信頼。
自信満々であること。
自分を卑下する著者を、祖母は「自信がないだけではなく、自分の値打ちを低く見積もっている」と一刀両断する。


「楽をせず、努力をしなさい。いつも、そのときの最高の自分で、他人様のお相手をしなさいよ。オシャレもお化粧も、そのために必要だと思ったらしなさい。胸を張って堂々と、でも相手のことも尊敬してお相手をする。それが謙虚です」


ぐっさーと刺さる著者。
これ、私にも刺さった。
「私なんてこんなもんなんで」と相手にへらへら媚び諂う。「たいしたもんじゃないんで」。
そうして自分を下げておけば、踏みつけられても笑っていられる。
相手に見くびってもらって、楽をしようとしている。
本当の自分を見せるのが怖いから。本当の値打ちを知られるのが怖いから。
努力をしない努力をする。
たぶん一番怖いのは、人に自分の値打ちを知られることじゃない。
自分が、自分の本当の値打ちを知ってしまうことだ。
祖母姫はそれを許さない。
自分を信じて、努力を続けるよう、叱咤激励する。
その結果生まれるものが「自信」だと。
自分を、信じること。

祖母と孫娘。
ふだんそんなに親しく交流しているわけでもない距離感の二人の旅。
一度きりの濃密な時間。
世代を超えて伝えるもの、語り継ぐこと。

私は父方母方、どちらも祖母が存命だけれど、こんなことはないだろうな、と思った。
微妙な関係性もあり、あと十年、二十年前だったとして、こんな風に祖母と孫で旅に出ることはなかっただろう。
だから本を読んでいて、ちょっと著者が羨ましかった。
繋げなかった糸。
私にとっては、本が祖父母でもあるんだろう。


にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
にほんブログ村
ランキングに参加しています。
「見たよ」のクリック頂けると嬉しいです。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2023.08.18 05:48:49
コメント(0) | コメントを書く
[【読書】エッセイ・コミックエッセイ] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: