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難しい事をいとも簡単にやってしまう人がいますが、それは、元々そういう才能に恵まれていたということではなく、出来るまで止めなかった人、というのが本当に思います。才能とは、出来るまで諦めない能力・・・のことかもしれません。中村天風氏の言葉です。「やればできる」やらなければだめだよ、何だって。やればできるんだから。俺は不器用だとか、俺は物覚えが悪いだとか、それがいけないんだよ。たとえ不器用だろうと物覚えが悪かろうと、十遍やって覚えなかったら百遍やってみろ。百遍やって覚えなかったら千遍やれ、そしたら覚えるから。どんなことでも、できないことほど、できると尊いことなんだから一生懸命やれよ。そうすると、だんだん自分の生活自体が、自分の理想や希望に近い状態になってくる。この言葉から、何か、大きな優しさを感じます。一回で出来なかったら、落ち込んでしまったり、自信を無くしてしまいがちですが、一回で出来ると思っていることが、そもそもの間違いですね。でも、頭ではわかっていても、いざ失敗すると、落ち込んでしまうものですね。そんな簡単に出来てしまったら、面白くない・・・、ぐらいに思えたら、それが本物ということかもしれませんね。本物の条件は、立ち直りの早さ・・・のことかもしれないですね。人間の能力に対した違いはないように思いますから、世の中で、大成功を収めた人ほど、そんな事をいやというほど、自分に言い聞かせて生きておられるのでしょう。そんな気がします。ここまでの読んでくださって、感謝です。その温かさが、きっとあなたに幸運を運んでくることでしょう。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月29日
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話に説得力を持たせるには、32,8%とか、もっともらしい数字を多く入れる事が、効果的のようです。「言葉の心理術」 多胡輝著からの抜粋です。数字が最も信頼に値する情報だと信じ込んでいる人は意外に多い。かつて、イギリスの政治家ディズレーリは、この数字信仰を皮肉って、 「ウソには三種類ある。 まず、ウソであり、 次に、いまいましいウソであり、 三つ目は統計である」と述べたことがある、と書かれていました。この統計の話も、言われてみればその通りで、いつ、どこで、誰を対象にしたかによって、結果は変わってきますから、近い数字ではあったとしても、正確な数字はないということも言えますね。例えば、景気が上向いてきているという、国の報告もありますが、これは、日本に100万社ある企業の中で、大企業1万社を対象にした統計の結果です。その1万社に限っては、ある程度正確かもしれないですが、100万社に対して統計を取ったならこういうことがいえるかどうかは、甚だ疑問です。ウソではないが、正確ともいえない、というのが統計かもしれないですね。(ただ、景気に関しては、人々の気分の問題でもありますから、こういう統計結果を流す事で、本当に景気が上向くかもしれない、という側面はあります)余談ですが、こんな事で思考を遊ばせていると、マインドコントロールというのも、似たようなものかもしれないとも思えてきます。本質を見極める目を養う事って、大切でしょうね。話は戻ります。民間企業に対して、景気についての意識調査をした結果、72,8%の企業が、業績は上昇傾向にあるという結果がでました、なんていわれると、説得力はありますね。お断りしておきますが、これは適当な数字です。あくまで良識の範囲でと思いますが、自分の話に説得力を持たせたいなら、数字を散りばめることが、最も簡単な方法かもしれないですね。ここまでの読んでくださって、感謝です。その温かさが、きっとあなたに幸運を運んでくることでしょう。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月25日
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箸がこけても、可笑しい年頃には戻れなくても、大抵の事は先に笑ってしまえば、楽しくなるのかもしれないですね。西洋の諺に、「和やかな笑顔の漂うところに、運命の女神はその慈悲の手を差し伸べる」というものがあります。日本では、「笑う門には、福来たる」とか、 「和気財を生ず」とか、 「笑いは人の薬」とか、 人間だけが、笑えるようにできている・・・。人間以外の動物の世界では、考えてみれば笑いはないわけで、 群れ社会のルールとしては、 恭順か、攻撃かの選択しかないのでしょうかね。 笑顔を見せるということは、相手のことを受け入れたという意思表示であり、 肯定であり、 友好であり、 認めたということであり、 または、心のゆとりでもあり、笑う事が出来るお陰で、人間は相当得していますね。また、心にゆとりがなくて、笑えないようなときに、引きつっていてもいいですが、笑ってしまうと、それが、こころの余裕を創る、という効果もあります。生きていて、本当に大問題なんて、実は殆どなくて、肩の力を抜いて笑う事が出来れば、なんとかなってしまうことが大半のようにも思います。「泣きたいときには、笑え」とはよく言ったものと思います。ここまでの読んでくださって、感謝です。その温かさが、きっとあなたに幸運を運んでくることでしょう。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月23日
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ワールド・ベースボール・クラシック 野球世界選手権 初代王者 日本!まさか、野球大国であり、野球選手が憧れるメジャーリーグのある、アメリカを差し置いての優勝、まさに快挙!選手ひとり一人が、チームの為、日本国民の代表として、そして日本という国の誇りのためにプレーしたことが勝因ではないかと思います。少なくとも、私が感じたのは、個人の名誉という次元ではなく、大げさかもしれないですが、選手皆が、チーム全体を考え、日本人全体の誇りの為にプレーしていたように思いました。個は全体の為に、全体は個の為に・・・、一つにまとまったときの勢いは、次元が違うのかもしれないですね。和を尊しとする日本人の素晴らしさを見せてもらったような気がします。ここまでの読んでくださって、感謝です。その温かさが、きっとあなたに幸運を運んでくることでしょう。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月22日
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人はここまで、凄くなれるものなんですね。以前読んだ本で、題名を忘れてしまって申し訳ないのですが、松下幸之助さんのエピソードとして書かれていた内容です。大阪で何店舗かの電気店を経営する社長が、下りの新幹線で大阪に向かっていた。そのとき、松下幸之助さんも乗っておられる事を知った。そこで、何か差し上げる物はないかと探したそうです。身の回りを見渡したところ、みかんがあった。そのみかんを2~3個持って、幸之助さんの席まで行って、良かったら食べてください、って渡したそうです。「それはどうも有り難う御座います」とお辞儀を添えて、受取られたそうです。幸之助さんは京都で降りられる予定で、新幹線が京都に着く少し前に、その社長の席までわざわざ、お礼を言いに来られたそうです。その社長は、たかがみかん2~3個で、ここまでされる幸之助さんに感動したそうです。そして、京都について、その感動の余韻に浸っている社長を乗せて新幹線が動き出した・・・、そのとき、何気なく窓の外に目をやった,すると・・・そこには、深々と新幹線に向かって、お辞儀をされている、幸之助さんが居られたそうです。それを見た、その社長は、涙が溢れて止まらなかった、といいます。その社長は、生き馬の目を抜くといわれる大阪での商売を長年されてきて、酸いも甘いも知り尽くしているような方でしょう。社長業は、人を見るのが商売ともいいます。大の大人が、人前で泣くなんて、普通無いことです。でも、そんな理性では、どうにもならないぐらい、感動があったのでしょう。止めようとしても、止まらないほどの大きな感動を伴う、涙であったのでしょう。その社長は、会社に帰って直に、今後の取引先は全て、松下電器一社のみにされたそうです。松下幸之助さん、・・・凄い方であったと思います。今では、他界されてお会いする事は出来ませんが、三重県の伊勢一ノ宮、椿大神社の末社で、神としてお祭りされています。ここまでの読んでくださって、感謝です。その温かさが、きっとあなたに幸運を運んでくることでしょう。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月17日
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仕事で成功するも、人生で成功するも、人間力次第、つまりは、心のあり方がポイントと思います。多胡輝氏の「言葉の心理術」からの抜粋です。ある歌舞伎役者が、名古屋で舞台に立ったときのことである。 客席から、しきりに「ダイコン、ダイコン」という声がかかった。 すると、この役者は、セリフの調子そのままに 「ダイコンとは、誰のことだァア!」と、 客席に向かって見得をきった。 客の方も負けずに、「ワレがことだァアア!」と、やり返すと、 この役者、間髪を入れずに、先ほどとは見えの形を変えて、 「あ、オレのことかァアアッ!」と、見事に言ってのけたのである。これで、満場爆笑、いっせいに拍手が起こり、この歌舞伎役者は大根役者の汚名から逃れたばかりではなく、名古屋の人気者になってしまった。「ダイコン、ダイコン」という声援?の中、舞台に上がれるだけでも相当凄いことですが、その瞬間はやっぱり、ムッとしたんでしょうね。それで、つい舞台に上がって、「ダイコンとは誰のことだ!」といってしまった。その後の事まで考えていなかったでしょうが、客から「お前の事だ!」といわれて、 さ~どうする、ここは舞台の上!!! ・・・ってときに、この一言! 「あッ、オレのことか!」凄い機転ですね。とっさの機転というんでしょうが、その元は、心のあり方だと思うんです。この役者さんは、芸を磨くと同時に、きっと心の鍛錬も怠らなかったから、できたのでしょうね。心の柔軟性とは、幅広い見方が出来る心のあり方、のことかもしれないですね。そして、心のあり方が、行動を決めていく。人の未来は、その人の心が創っていく、そんな気がします。ここまでの読んでくださって、感謝です。その温かさが、きっとあなたに幸運を運んでくることでしょう。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月14日
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人と人が分かり合えるヒントは、聴くことにあるのかもしれない、と思います。聴くという字は、耳遍に十四の心と書きます。何故十四かは分かりませんが、「十四の心で聞く」という意味のようです。「対話」という行為において、我々は、いつも、次に自分が語るべき言葉に気持ちを奪われ、いま相手が語っている言葉に耳を傾けることを忘れてしまうのです。そして、我々は、いつも、相手の共感を得たいという気持ちに支配され、相手に共感するこころを忘れてしまうのです。 -田坂広志氏の本からの言葉ですー当たり前の事なのかもしれませんが、私には凄い内容に思えます。本当の意味で、相手の言葉に耳を傾け、相手の気持ちに共感することは、とても難しいことなのかも知れません。これが、いま目の前の人を大切にするという「一期一会」という言葉の、核心かもしれない、と思います。ここまでの読んでくださって、感謝です。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月13日
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マザー・テレサ この名前を聞くとき、なぜか心が癒されます。自他の区別なく、他人のことを自分を愛するのと同じように愛し、人への愛を実践することに生涯を捧げた凄い方であったと思います。あるとき、マザー・テレサが行き倒れの人を収容できる場所が欲しいと、市役所にかけあったところ、苦慮した役人が「ここなら、すぐにでも無料でお貸しできるのですが・・」といって案内してくれたのは、ヒンズー教の寺院の本堂の裏手にある休憩所でした。そこは行くあてのない人たちが溜まり場とし、博打場にもなっているようなところでしたが、マザーにとっては、取るに足らないことで、即決でそこを借りました。しかし、ヒンズー教の寺院の中に、ある日突然カトリックの施設が誕生したわけですから、当然、快く思わない人もいます。マザー・テレサにとっては、石を投げられたり、罵詈雑言を浴びせられたりすることは、決して珍しいことではなく、「殺してやる!」なんていわれることもあったそうです。マザーに脅しや暴力が効かないと知った人たちは、今度は警察署に請願するという合法的な方法でカトリック施設を排除しようと試みました。マザー・テレサの行いがいかに尊いことであろうと、どれだけの人の心に灯りをともしていることであろうと、問題が宗教に行き着く以上、こういった摩擦をいつも抱えての活動であったそうです。要請を受けた署長は、自ら乗り込み、要請が市民によって合法的になされたものであることをマザーに告げます。 それを黙って聞いていたマザーは、 それに対して反論するわけでもなく、 抗議するわけでもなく、 感情的になるわけでもなく、 不満を言うわけでも、 文句を言うわけでも、 愚痴を言うわけでもなく、 いつもと同じように、 同じ笑顔で、 同じ優しさで、 なんら変わる事もなく 横たわる人に向かい、 ひとり一人の体を洗い、 スープを含ませ、 優しく手を握って語りかけ、 いつもと同じことをいつもと同じように、やり続けました。署長は、暫くその様子をジッと見つめていたそうです。そして、黙って外の要請者たちのもとへ行き、こういいました。「マザー・テレサをあそこから追い出すことはできる。ただし、みなさんやみなさんの家族がマザーと同じことをやってくれる、という条件付でだ」この言葉を聞いた人たちは、引き下がらざるを得なかったそうです。この署長の心を動かしたものは、何であったのでしょう?マザーは、一言の言葉も交わさずに、署長の心を動かしてしまいました。決して人と争わず、自分の信念に忠実に、ただ坦々と実践してきた。そういう生き方を貫かれたことが、凄いと思います。そして、それが人の心を動かした。説得しようなんて考えもしないで、坦々と実践することで、多くの人の心を動かしてしまったマザー・テレサ。マザーが示してくれた生き方、凄い遺産と思います。ここまでの読んでくださって、感謝です。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月12日
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故事・ことわざ事典を読んでいて、楽しいことわざを見つけました。「亭主三杯 客一杯」亭主が三杯酒を飲み、客が一杯酒を飲む、ということですが、意味は二種類あって、1、客をもてなして飲む。 客が遠慮しているのをもてなそうとして、 主人が客より多く酒を飲んで、 客に遠慮をさせまいとするたとえ。2、客を口実に飲む。 主人が客をもてなすことを口実にして、 好きな酒をさんざん飲むたとえ。どちらにしても、豪快で、楽しそうな、その場面が目に浮かぶようです。ここまでの読んでくださって、感謝です。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月11日
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元来、男と女では勝負にならない。女性の方が強い、それも圧倒的に!今まで生きてきて、やっと判りました。その女性特有の能力を、出し惜しみしている方が多いように思います。その能力を使えば、無敵かもしれないのに、実に勿体無い。人の血液は約4Lで、男性の場合は25%、1Lが致死量です。それに対し、女性は3L失ってもまだ生きられる。そもそも、生命力が根本的に違う。男は弱く、単純で、お馬鹿なものですから、威張ったり偉そうにしないと、同じ土俵では生きられない。所詮、女性の前では、お釈迦さんの手のひらで、悦にいってる孫悟空。そもそも、母親から産まれてきますから、母性的なものには無条件で、説得力を感じてしまいます。男と同じ土俵、例えば、競争とか、比べるとか、説得するとか、攻撃するとか、という世界に居られる女性が多いから、助かってはいますが・・・。その狭い土俵の上では、長い歴史の中で、男に分がある。人の能力を伸ばすとは、長所を伸ばす事ですから、もともと無いものは伸ばせない。この無いものが、男の場合は、母性になります。男はどこまで行っても、孫悟空ですか、女性は自分の持つ能力に気付くだけで、お釈迦さんのような存在にもなれる。日本の最高神は、天照大神で、女性神ですしね。明るさ、優しさ、思いやり、心配り、いたわり、子に対するような自己犠牲、とそういう世界に入られたら、もう次元が違うから、どうやっても太刀打ちできない。世の中で大成功を収めた女性なんかは、こういう能力を使っておられるように思います。男を中途半端に虐めずに、とっととそういう次元に行って、大きな気持ちで、手のひらで遊ばせて上げましょう。それが、お互いにとって、きっといい結果になると思うのですが・・・。ここまでの読んでくださって、感謝です。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月10日
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午前6時の不思議な雲です。飛行機が出来て、世界が近くなりました。その飛行機を初めてつくったのは、ライト兄弟ですが、当時、「動力有人飛行の成功」というのは、簡単には誰も信じないようなことだったそうです。それも、ライト兄弟は、自転車屋でしたから、尚の事だったでしょう。この快挙が認められるのに、1年かかったそうです。時を同じくして、アメリカの代表的科学者であるラングレー教授も、アメリカ政府から豊富な資金を得、最先端の理論や技術をもって臨んだ実験に失敗していますから、ライト兄弟が自転車屋を営みながら、資金は当然のこと、小さな部品一つに至るまで、自分達で考え設計して、未だ誰も造ったことにない飛行機をつくり、この「動力有人飛行を成功させた」というわけですから、にわかには信じてもらえなかったというのも、うなずけるほどの快挙だったことでしょう。そんなライト兄弟の快挙の裏には、母親の教育方法が大きく影響を与えていたようです。小林正観氏の本からの抜粋です。彼らの母親は、子供達が物を壊してしまったとき、決まって、同じ態度をとっていたそうです。それは、「さあ、どうすれば直せるか、考えてごらん。 あなたにもできるはずですよ」「あなたが壊したのだから、あなたが直しなさい」と責めているのではありません。「あなたにも直す力があるのよ」と子供たちに伝えていました。 ・・・・・・。子供だけに限らず、その人を信じて「今のあなたならできる」という言葉が、勇気付けることになるのかもしれません。ほんの少し背中を押して上げるだけで、自らの意志で、自分の未来を創造していける偉大な力が、人にはある、と思います。ここまでの読んでくださって、感謝です。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月09日
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愛と憎しみは表裏一体と聞いたことがあります。「嫌い嫌いも、好きのうち」、という話もあって、嫌いというのは、一種の勘違いかもしれないですね。嫌いな物ほど好きにもなれる、ってことでしょうか。仕事とはいえ、人間関係のことでしょうから、人を好きになってしまえば、何をするにも楽に出来るのかもしれないですね。島田紳助氏が、ある番組でいっておられたことです。弟子入りを希望する人が後を絶たない。そこで、まず、君の話を聞いてあげるから、何故この仕事に就きたいのか話してくれる、といって、黙って聞くらしいですね。そして、ジッと聞いて、心に響いてくるものがあるかを、感じるそうです。何か感じる物があれば別でしょうが、なければ、こう言うらしいですね。「今、君の話を聞いていたが、何も伝わってくる物がない。たった一人の心も動かせないようなら、大勢のお客さんの心を動かすことは到底無理。残念ながら、君には才能がない」といって断るそうです。直接人と関わらない仕事なら別ですが、お客さん、上司、同僚、部下、取引先と、立場や関わり方はいろいろでも、人と関わっている以上、この「人の心を動かす」ということが大きなポイントのような気がします。仕事がうまくいくとか、成功するとか、大きく儲けるとか、その全ての結果を左右することが、「人の心を掴めるか」ということかもしれません。では、どうすれば人の心を掴めるのでしょうか?こと商売においては、「相手の立場に立って、判断し行動できるか」ということのように思います。(この場合、値段を安くすることがいいように思い勝ちですが、安いことが一概に良いとは限らず、逆に、満足を売るという面から言えば、値段が高いことで、物の値打ちがわかるという側面もありますから判断の難しいところではあります)営業職を例にとれば、大切なポイントは「信用」ですね。「口のうまい人」か「誠実な人」か、どちらが信用されるかは明白です。営業職は、単に物を売るのではなく、自分を売ることである、とは良く言われることです。もし自分がお客さんの立場なら、またお客さんが自分の大切な友人なら、という視点になれたときに、自分という人間の信用を買ってもらうことが出来るのかもしれません。ほんの少しどもってしまうクセのある人が、商品の素晴らしさを、スムーズに出ない言葉をつなぎながら、それでも必死で伝えようとしている姿、想像してみてください。相手のことを、自分のことのように考えられたとき、その気持ちが人の心を掴み動かす・・・のかもしれないと思います。それには、好きになってしまうのが最も近道かもしれないと思います。ここまでの読んでくださって、感謝です。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月06日
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「いい加減」といえば、適当に、とか、アバウトに、とか、あまり良い意味に使われることがないようですが、「いい湯加減」「いいさじ加減」など、間に字が入れば、とたんに、「絶妙なところをつく」というように、最大の賛辞になります。「いい湯加減」といえば、ぬるくもなく、熱くもなく、丁度、心地いい温度ということですね。私たちは、主義主張をすることが、正しいことと教えられてきたように思いますが、それも考えをまとめる上では大切ですが、皆が皆それでは、少し困ってしまいます。人が集まれば、その関係をスムーズに動かす為に、潤滑油も必要でしょうし、その潤滑油となるのが、この「好い加減さ」かもしれないですね。人の和を取り持てるような「好い加減さ」を備えた人を、「人格者」とか、「徳のある人」とか、いうような気がします。世の中で、中途半端な成功ではなく、大成功を収めた人がよく言われることに、「自分には大した才能はなかったが、自分の周りで支えてくれる人達は、才能のある人が多かった」という話をよく聞きますが、思うに、人を味方にしてしまうような「徳」、つまりは人の和を取り持つ「好い加減さ」が成功の条件であったのでは、・・・という気がします。主義主張も、これ以上踏み込めば感情のもつれになりそうなときに、あえて笑顔で、絶妙のタイミングでサッと引ける好い加減さが、最も効率よく良い結果を生むことになるのかもしれないですね。機械でファジー制御というものに、個人的にはあまりいいイメージがないのですが、「好い加減さ」というプログラムはきっと難しいでしょうね。プログラムを組むことが、幸いなことに出来ませんからいいですが、考えただけで、ゾッとします。肩の力を少し抜いて「ま~いいか」といえる好い加減さが、人の持つ最も素晴らしい才能なのかもしれない、といい加減な私は、思うことにしています。この時期には珍しく、雪が降りました。 木に咲いた雪の花です。あまりにキレイだったのでつい携帯で撮りました。粗い画像で、スイマセン。ここまでのお付き合い、感謝です。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月03日
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今日は、三上山に登ってきました。その道中の風景です。光の届きにくい場所でも、光るやつには光が当たるのかもしれないですね。山の頂上からの景色です。光のシャワー好天に恵まれて、雲の合間から無数の光のシャワーを見せてもらいました。下界を見下ろす展望岩に立つと、自分が天狗になった気分が味わえます。そこで飲むお茶が実に美味しい。山登りで、至福のひと時を過ごさせてもらいました。ここまでのお付き合い、感謝です。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月02日
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喩え明日、世界が終わるとしても、 私はリンゴの木を植える マルティン・ルターの言葉です。もし、自分の命が後一年といわれたら、その残された一年をどんな風に使いますか?男の場合は、皆さんの想像にお任せしますが、一番に出てくるのは同じ答えが多いです。後は、仕事を辞める、とか、 旅行をする、とか、 ダイエットのことは忘れて思い切り食べる、とか 家族と過ごす時間を大切にする、とか 趣味を気の済むまでやる、とか お金を思い切り使って贅沢する、とか 私が聞いた人だけでも、感心するほど、色々出てきます。皆さん、よほど鬱憤が溜まっているみたいですね。そんなに色々あるなら、せめて今やって問題ないことぐらいは、気の済むまでやればいいのに、って思います。 一週間だけ、好きなものを思い切り一切の遠慮なく、気の済むまで食べる、とか、 買い物をせずに、一日で100万円使い切る、とか、 5日間だけ、他のことは一切やらずに、趣味にだけ使う、とか、 2日間だけ、家族にとことん向き合ってみる、とか、このぐらいなら、そう大した悪影響もなく、楽しめるかもしれないですね。そして、とことん自分の欲を満たしてみれば、もしかしたら、本当の自分に出会えるかもしれない。腹が一杯になったときに、本当に自分のやりたいことが見えてくるのかもしれないですね。そして、「喩え明日、世界が終わるとしても、今と同じことをやり続ける」って本心でいえれば、それが最高の幸せを手に入れた、っていうことかもしれないですね。マルティン・ルターが、たどり着いたところから見える景色、見てみたいものです。 ここまで読んでくださって、感謝です。人気blogランキングへ応援、有難う御座いました。
2006年03月01日
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