2004年08月14日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
ソ連と連携、仏伊の撤退
祖国滅亡の危機感に燃え上がったトルコ国民軍の士気は高く、反対に連合国軍の兵士は、もう戦い続けることに嫌気がさしていた。
だから、セーブル条約は調印されたものの、連合国にとっては不渡り手形同然。
そうしないためには、本国から大軍を送り込まねばならないが、英仏伊のいずれも大戦後の経済混乱で、そんな余裕はなかった。
 ソ連はその国際的な孤立意識から、アンカラ政府と事実上の国交を結び、武器援助さえした。
 さらにソ連にとって、トルコと共通の利害があった。
それは、アルメニア問題。
両国にとり、アルメニアが旧ロシアとトルコ領にまたがる完全独立国となっては困るのだ。
しかも、ここが反ボルシェヴィキの拠点にもなっていた。

かくてセーブル条約が保証した「アルメニア国」は幻となった。
 小アジアの南東部に進駐しているフランス軍を急襲。
フランスは新領地シリアでの反乱に手を焼き、小アジアから大量の部隊を引き抜いていたため一方的にトルコ軍の勝利。
フランスは休戦条約を結び、小アジア東南部から完全撤兵。
次に、イタリア軍を、その侵入拠点の東地中海の諸港に追いつめた。
イタリア軍には厭戦ムード。
そして、本国の国内経済がほぼ破綻という状態で、ゼネストが荒れ狂っていたと同時に、軍紀も大いに乱れていた。
トルコ国民軍がやってくると、一戦も交えずに退却。
休戦協定を結んで小アジアから撤兵。

 ▼イギリスと組んだギリシア軍の侵入
 ギリシア首相ヴェニゼロスは、英国首相ロイド・ジョージにこうもちかけた。

 アイルランドの内乱が泥沼化し、新たに植民地としたアラブ地方での反乱に手を焼き、一兵もトルコに送る余裕のない英国にとって、武器弾薬をくれれば代理戦争を引き受けてくれるというギリシアの提案は魅力的だった。
 ギリシア軍はいたるところで、非戦闘員を虐殺。
皆殺しにされた村も少なくなかった。
ロンドン・タイムズの従軍記者は、男はおろか女子供まで、釘で木に張り付けにされ、なぶり殺しにされた村の光景にショックを受け、「わが政府が狂犬を飼い続けるのは許されるか?」という記事を書いたほどの大虐殺。
 1921年1月、ケマルはイスタンブールとアンカラの中間にあるイノニュ高原で待ち伏せ。

しかし、武器弾薬の不足で追撃は出来なかった。
3月再度やってきたギリシア軍を、激戦の末かろうじて撃退。
この2度の勝利は、アンカラ政府の国際信用を高め、アフガニスタンなど数カ国が、こちらをトルコの正当政府と認めた。

 ▼サカリア川の激戦
 1921年7月、ギリシア軍は10万の兵力を持って三度攻撃。
ケマルは、イノニュ高原での迎撃を諦め、サカリア川まで200キロ後退し、そこに新たな陣地を設置する作戦。
敵の補給線を延ばさせ、包囲されにくい場所で戦うという狙い。

この戦いの直前、平和の回復までという条件付きで、大国民議会はケマルに独裁権を承認。

 8月14日、10万のギリシア軍と、5万のトルコ軍が激突。
ギリシア軍の猛撃に対して、大砲も弾丸も兵士も、何もかも不足しているトルコ軍は、ただ敵の砲撃に耐えに耐えて、白兵戦に移ったときに勇気を示すしか方法がなかった。
ダーダネルス海峡戦の再現。
開戦から1週間の間に、トルコ側の師団長が7人、ギリシア側の師団長が13人も、それぞれ白兵戦で戦死。
それでも将兵は、前線を駆けめぐって自分達を励ましてくれるケマル将軍を信じて戦い続けた。
 そしてついに、8月29日、奇跡が起こった。
数日来、ケマルはギリシア軍が自軍の右翼に攻撃を集中させ、何とか突破させようとしている意図に気付いて、その逆を突こうと決断。
無理な上にも無理を重ねて、ギリシア軍の右翼の方を逆に包囲するかのような作戦をとった。
これは、日露戦争の奉天会戦で日本軍がとった作戦によく似ていた。
 ケマルが無理をして自軍の中央部においていた兵力の大半を、自軍の左翼へ移動させたことは、トルコ軍の中央部の防衛力を危機一髪の状態にした。
もし、ギリシア軍が、自軍の右翼に対するトルコ軍の攻勢を陽動作戦だと見破り、予備兵力の全てをトルコ軍の正面に投入していたら、トルコ軍は総崩れになっていただろう。
しかし、ギリシア軍はそれに気付かなかった。
 ギリシア軍の参謀本部は大慌てし、トルコ軍の右翼突破を命じていた全軍団を自軍の右翼への増援に向かわせるため、退却移動の命令を出した。
この命令が運命の一戦を決定づけた。
 勝っているという自信のないギリシア軍の全ての前線は、自分の所が退却作戦の犠牲にされるのではないかと疑い、作戦変更の命令を勝手に解釈して、総退却をやってしまった。
それは8月29日の午前2時頃のこと。
もっとも、トルコ軍は、追撃は出来なかった。
 この勝利は、アンカラ政府の国際的地位を不動のものにした。
まず、フランスが密使を送ってきて、秘密協定を結んだ。
それによると、フランス政府は事実上、セーブル条約が無効化したことを認め、将来開かれる新たな和平会談で、トルコが旧オスマン帝国領だったシリアのフランス支配を認め、他のアラブ地域で英国と係争中のフランス側の利権を支持してくれるなら、アンカラ政府を公認し、武器弾薬さえ供給するというのである。
続いてイタリアが、やはり武器弾薬の売り渡しなどを申し出た。
 英国国民はトルコに対する政府の介入を、全く無用のものだと思い始めていた。

 1922年8月26日、約10万名に増加していたトルコ国民軍に対して、「前進せよ。
目標は地中海!」という総攻撃の命令を出した。
ギリシア軍の前線は、南北に延びていた。
その長大な前線の中央部を突破して敵軍の背後に回り、包囲撃滅するというのがケマルの作戦。
 勝負はたった1日でついた。
 9月9日、トルコ国民軍がイズミールに入城。
この日、イズミール港の沖には数隻の英国軍艦が浮かんでいた。
しかし、全ての砲には覆いがかけられていた。
英国が、もはやトルコに対する武力干渉を諦めたこと、同時にセーブル条約の履行を断念し、ギリシアを見捨てたことをも示していた。
 この対トルコ問題をめぐって、保守党は連立の打ち切りを宣言。
かくて、ロイド・ジョージ首相は辞職に追い込まれた。
そして、翌月の総選挙までの暫定内閣の首相となった、保守党党首ボナー・ロウは、ケマルとの妥協を決断。
その仲介役は、アンカラ政府に対するフランスの全権大使ブイヨン。
 10月、ムダンヤでトルコと英国の代表が、イタリア、フランスの仲介で会談。
その結果、セーブル条約は無効であり、新たな和平条約を結ぶための会議をできるだけ早く開くことで合意し、全面停戦条約を結んだ。
ここに事実上、救国戦争は終わった。
皇帝政府が連合国に降伏した1918年から、アンカラ政府が「トルコの生存権」を、ついに英国に認めさせた1922年までの4年間は、トルコ人にとって苦闘の連続。
西欧列強を相手に、貧しい敗戦国国民が奇跡的な勝利を収められたのも、 ケマル・パシャという超人的な指導者 がいたから。
ドイツでさえ、屈辱極まるヴェルサイユ条約を拒否できなかったのに、ケマルの鉄の意志と行動力は、ついに列強を屈服させた。
 その上、 ケマルは、トルコ人を「オスマン帝国臣民」から「トルコ国民」に成長させた 。
いや、この救国戦争が終わった段階では、まだトルコ人は完全にトルコ国民になったとは言えないかも知れない。
しかし、もう十分に「国民意識」と呼べるものは育っていた。
だからこそ、ケマルは救国戦争に続いて、嵐のようなトルコ革命をやり遂げられたのである。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2004年08月15日 12時52分00秒
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

キルゴア中佐

キルゴア中佐

お気に入りブログ

水野浩志の日記 ヒロヒロ777さん
一日一冊:読書日記… 本のソムリエさん
甲斐萬平×50文字 甲斐萬平さん
福岡市中央区 行政書… 福岡市 行政書士おちさん
経営戦略24時! ツイてる田中!さん
人生大航海 いならまつさん
毛玉牧場 まぐろのももにくさん
新発想ビジネスヒン… シャルドネと呼ばれた三浦十右衛門さん

コメント新着

dhkxglx@ YbApyVZrEwIG 9ZLHsO <a href="http://cxremma…
桜田@ Re:さてどう対処しよう(09/28) 岡庭も あと6年もすれば出てくるね 全…
桜田@ Re:さてどう対処しよう(09/28) 岡庭も あと6年もすれば出てくるね 全…
王様@ 潮 吹 きジェットw サチにバ イ ブ突っ込んだ状態でジェット…
もじゃもじゃ君@ 短小ち○こに興奮しすぎ(ワラ 優子ちゃんたら急に人気無い所で車を停め…
通な俺@ 愛 液ごちそうたまでしたw http://hiru.kamerock.net/8j0uoen/ フ○…
地蔵@ 驚きのショックプライスw コウちゃんがこないだ教えてくれたやつ、…
ヒゲメタボ@ クマたんと呼ばれてます(^^; 最近はこれが流行ってるって聞いたので …
ニキビ侍@ ありがとう!!!!!!! 顔見てるだけでもギンギンでミルク発射し…
大岩井@ 目覚めたら巨チンってぉぃ あの女ー・・昨日チソコが痛くなるくらい…

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: