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国境を越えたところにTIJUANAというメキシコの町がある。前から国境ってどんなものだろうと思っていたので、あるとき日帰りツアーに参加して行ってみたことがある。車に乗ったまま通過することもできるけど、このときは歩いて国境を渡った。なんの入国審査もなくただ回転ドア(ガラスの部分を鉄パイプに変えて横向きに等間隔にはめたAIRYなもの)を押して出るだけだった。町まで行くバスは昔の映画にでてきそうな先が出た年代物で、シートも硬い。当然エアコンなど付いてない。道路は舗装されておらずしかもBUMPYで砂埃が入ってくる。窓をしめると今度はSWELTERINGになってくる。なんとなくDINGYになったなあと思ったけど、昔はこんな風だったのだろうと思うと行き届いたINFRASTRUCTUREを改めて有難いと思った。街中ではHAGGLINGしながらショッピングを楽しんだ。しかし、道端でみやげ物を売る子供たちが気になった。同じ年頃でも観光客の子供たちは親からお金を手渡されてそれを渡している。貧富の差をまざまざと見せ付けられたようなシーンだった。帰りは入国審査の長い列が待っていた。やはり、国境を越えると紙幣が違い、飲食店の表示が読めずインフラの違いもあり気まずさを感じた。P.S.-1 きのうLESLIE VAN HOUTENの18回目のPAROLE申請が却下された。彼女はCHARLES MANSON(シャロンテイト殺人事件の首謀者)の信仰者で犯罪を犯したときは19歳、逮捕されたときは20歳、あれから38年たった今58歳になっていた。市民はいまでも許していない。P.S.-2 前回ものすごいアクセス数でびっくりしてしまいました。ありがとうございます。
2007年08月31日
途中から見たのですがロンドンのジャーナリストとパリの警官が真相を暴いていくストーリーで、事後直後その場の写真を撮った写真家から貴重な資料を手に入れる。WRECKAGEのベンツに付着した白のペイントマークの写真で、それが多くの目撃証言にあるその場から猛スピードで走り去った白のFIATのものだとわかる。又バイクで追いかけていたとされる二人乗りのパパラッチのフラッシュが普通写真用に使うものよりはるかに閃光力のつよいものだったとの証言を得る。つまりそのバイクに乗ってた人たちはパパラッチではなかった。さらに、事故直後その近辺のポリスカーの無線がダウンし連絡が取れなくなり、トンネル内に設置されたCLOSED-CIRCUIT SURVEILLANCE CAMERAは事故直前から突然調子が悪くなりFOOTAGEが見られなくなっていた。負傷したダイアナ妃をのせたPARAMEDICは時速25MPHのノロノロ運転で4-5ヶ所の病院を通過して一時間後ERにたどり着いた。証拠写真を写した写真家JAMES ANDERSON氏は2000年5月焼け焦げたBMWの中で発見されパリ警察は自殺と断定した。しかし車は全てロックされていたにもかかわらずキーは見つからなかった。又、ダイアナ妃が大切にしていたMAHOGANY BOXがなくなっておりその中には王室をひっくり返すような大スクープなヴィデオや手紙類が入っていたが、後に発見されたときはからっぽだったという。ダイアナ妃は生前危機を予知していたという。まんざらWACKYな説ではないなと思いました。
2007年08月29日
現在ER(EMERGENCY ROOM)の全米平均待ち時間が3時間42分と言われている。普通に診察の予約を頼むと3週間ぐらい先になる。どうしてもその日に診てもらおうとするとERにOUTPATIENTで行くことになる。しかしこんなに待たされては堪らない。病院側も対応策を考えだしている。オハイオ州のある病院では30分以内に診てもらえなかった患者に対して25ドルのガスカードかGIFT CERTIFICATEを渡すようにした。バージニア州のある病院では映画の招待券を2枚渡すようにした。又、ネバダ州のある病院では15分以内に対処できなかった場合一部のHOSPITAL FEESをWAIVEすることにした。ロスでは2-3ヶ月前、病院で診察を待っていた女性の容態が悪化して椅子から倒れ落ちた。付き添いが病院にいながら911に電話してPARAMEDICを呼ぶというニュースがあった。ERが悪いのか、そこに集中せざるをえないシステムが悪いのかなと気になります。痛みのない健康体はほんとうに有難いと思います。以前私は肩を痛め(原因はゴルフ...)すっきり治るまで2年かかった。先生からは50肩といわれ長引きますよ言われ、痛み止めの飲み薬、湿布薬、塗り薬を山ほどいただいた。鈍い痛みが常にあると本当にいらいらする。腕をまっすぐ上にあげられたときは感激した。それからはラジオ体操を思い出し、毎朝することにしています。
2007年08月27日
昔別の州に住んでいたときヌードビーチがあると聞き見に行ったことがある。賑わっているパブリックビーチにおりて、そちらの方へ歩いていった。しだいに人がまばらになり、ついに全く人影がなくなり、自分の履いているFLIP-FLOPSの音だけが聞こえるようになった。もう禁止になったのかなと思い踵を返そうとしたとき、岩の上で何か動いたような気がした。見上げるとBAREな方と目が合った。きっと仲間が来たと思い”いるよ”って教えてくれたのかもしれない。このときエチケットとして絶対GAWKINGしてはいけない。RESPECTFULLYに冷静さを装ってそのまま歩いていくとあちこちでごく自然にSUNBATHINGを楽しんでいて、ちっともOFF-COLORでない。BATHING SUITを着ている私のほうがAWKWARDな気になってきたけど、急にNATURISTにはなれない。走り抜けたかったけど大またの急ぎ足でなんとか通り抜けた。あの誰もいなくなったあたりが目に見えぬ境界線だったのだろう。私はてっきり何か立て看板か柵などがあるものと思いそこまでのつもりだったのが。。。。今となってはヒヤッとしたひと夏の思い出となってます。P.S.-先日イラクでBLACK HAWKヘリコプターが墜落して、NATHAN HUBBARDさんが亡くなった。この家族にとっては三人息子の二人が戦死したことになる。長男のJAREDさんが3年前にROADSIDE BOMBで戦死している。遵ってJASONさんは軍を離れてもいいことになっている。葬儀の後彼がRETURN TO WAR ZONEかSTAY HOMEの選択をするのか注目されている。SULLIVANS家の5人兄弟のようにならないことを祈ります。
2007年08月24日
日曜日の新聞にJAYWALKINGでCITATIONの記事が載っていた。又、吸殻を路上に落としてもチケットをきられる。これは、ロスのある特定の地域でHOBOがたむろしているSKID ROWで実際おこなわれている。特に去年の9月から強化され50人OFFICERSを増やし、すでに11,000枚のチケットを書いた。しかし書かれた人たちの多くはFINESを支払ったり、控訴する資金がなくOUTSTANDINGのため逮捕されることになる。この地域はビジネス街だったのが最近コンドミニアムが連立して住民が増えてきた。そこで犯罪を未然に防ぐための一掃手段のようだ。この記者は、他にもっとVAGABONDを救済する政策があるはずだと非難していた。他の州でもJAYWALKINGでチケットきってるのかなと調べたら、ニューヨーク、シアトル、ホノルル、その他多くの都市で施行しておりCROSSWALKでない場所を渡ったとして一般市民や観光客に対して行われていた。それに比べたらロスはまだいいのかなとほっとしたり、驚いたりの記事でした。
2007年08月22日
先月他州で警官のIMPERSONATION事件があった。万が一自分が追いかけられた時の事を考えておこうと思った。無視して逃げるのがいいかもしれないが、もしFAKE COPSでなかったらおおごとである。ヘリコプターがでて応援の車が何台も出動して物々しい追跡となる。特にニュースの時間帯にぶつかったら他の話題はすべて吹っ飛んでBREAKING NEWSとなる。これは長年不思議だなあと思っているのだけど、たかがCAR CHASEなれど捕まえるまで放映している。一時間中その捕り物を見ている事もしばしばある。次の時間帯のニュースチャンネルに変えるとその続きをやっている。やはり追跡されないような身に覚えのない運転をすれば安全だと思う。それでもFLASHING LIGHTSが見え"ストップ ザ ヴィヒクール”と拡声器の声が聞こえたら、車をPULL OVERしてから911へ電話して別の警官が来るのを待とうかと思う。でもこれだど手がハンドルから離れバッグの電話を取ろうとして警官の視野から見えなくなる。そうすると銃をだそうとしているのかと勘違いされ反対によけい危険な状態になってしまうかもしれない。普通止められた場合、手はハンドルの上の方において見える状態が誤解されずにすむと言われている。そうなると常時ヘッドマイクをつけ、パワフルな防犯ブザーをおいて、あとは変な事件に遭遇しないよう願うことにします。
2007年08月20日
家や車を購入するときふつうPRIME RATEのローンをくむ。この時基準になるのが、FICO(FAIR ISACC CORP.) SCOREである。これは個人の財産管理能力を割り出したもので、300点から始まり850点が最高とされる。CUTOFF POINTが620点で713点以上あれば良しとされる。アメリカへ着たての人はこのスコアがでないので、現金買いになる。又、これはクレジットカードの金利にも影響し、いいスコアほどいい金利がもらえる。そして、この基準に達しなかった人たちがサブプライムレートのローンにはしる。常識的には止めとけばいいのにと思うけど不動産ブームに後から便乗しようとした人たちが今FORECLOSUREに陥っている。サブプライムのローンは細かな規制もなく、支払いやすいように最初の3-5年はADJUSTABLE RATEかINTEREST ONLYでその後HEFTYな金利を付けてくる。現在不動産のAPPRECIATIONが下がりはじめたので一挙に自己破産が増えだしてきている。以前より自己破産の基準が厳しくなったものの7年でそのHISTORYは消えるので安易に考えているのかもしれない。しかしその申請が通っても消えないローンがある。それは学費ローンで特別レートを言い渡され完全に払い返さなければならない。きっと学問への敬意なのでしょう。昔は車のローンもTAX DEDUCTIBLEだったけれど、現在は家2件までとなっている。いいスコアを維持するには、当たり前のことだけど、支払いは期日までに、バランスは30%以内、短期間に新しいカードを沢山増やしたり、反対にクローズもしないことである。私は幸いMATERIALISTICから年々解放されてきています。FICO SCOREがTILTしてきたら要注意だと思っています。
2007年08月17日
アラスカにもBERMUDA TRIANGLEと似た現象がおきるという。飛行機、船、人が突然消えるという。原住民はSHAPE-SHIFTING SPIRITSが連れて行ったという。科学者は地形状ICEBERGや CREVASSESにのみこまれたのだという。その中で、1972年10月16日にアンカレッジからJUNEAUにむけて飛び立ったセスナ310の失踪には陰謀説が浮上してきている。二人の国会議員が乗っており、彼らは当時ニクソン元大統領とウォターゲート事件で対立していた。又、フーバーFBI元長官を辞任に追い込んだ経緯もありFBIが関与していたのではというものである。当時軍隊をだし極秘スパイ機も飛ばしての大掛かりの操作をしたが手がかりは何も見つけられなかった。ところが、1992年になって捜査資料が公開され実際には目撃者証言とかBEACON SIGNALを受けていたことがわかった。しかし名前はすべて消されており、落ちたとされるMALASPINA GLACIERの場所の写真(スパイ機で撮影したPINPOINTなもの)が消えていた。{フーバー元長官は1972年5月に亡くなっているので、個人的な関与はPHYSICALLYに無理だということです。}そのセスナのパイロットの名前がDON JONZといい、私はJOHN DOEを連想してしまった。P.S.-JOHN DOEは"名無しのごんべい"で名前の分からない殺人死体などを"JOHN DOE"と呼びます。
2007年08月15日
もし原爆が使用されなかったら、この日本上陸作戦が遂行されたという。1945年11月1日に第一段階としてOLYMPIC作戦で九州南部1/3を占領し住民を北部に集中させ空襲し、その間に大型爆撃機用の滑走路を完成させ第二段階のCORONET作戦に備えるというものであった。攻撃する南部の海岸は5つのBEACH ZONE区分けされ、それぞれTAXI CAB〔薩摩半島北東部)、ROADSTER〔南部)、LIMOUSINE〔大隈半島)、STATION WAGON(志布志湾)、TOWN CAR(宮崎海岸)のように車の名前が付けられていた。CORONET作戦は翌年の3月ごろの予定で関東平野に相模湾からと九十九里浜から上陸する予定であった。この戦線に向けた兵士たちはヨーロッパ戦で戦ったつわものたちをアメリカに呼び戻し再度パシフィック〔日本軍向け)用に訓練しなおして送り出すことになっていた。しかしヨーロッパ戦の兵士たちの間では、自分たちは任務をはたしたので、そちらはそちらでやってくれといった不満が出始めていた。さらに、ソ連が介入してきたこともあり、予定を早めて戦争を終結させることになった。もしこの作戦が実行されていたら、原爆の倍の被害者がでたとのことである。戦争というと私は大昔アサヒグラフに掲載された写真を思い出す。それは日本海で沈んだ日本軍の潜水艦の内部を写したもので、海流の冷たさと密封状態から全員当時の年齢のまま眠るように亡くなっている若い兵士たちのものであった。時代は変わりGUNGHOの気持ちを持った人たちはどのように映るのかしらと思います。
2007年08月13日
何だろうと開封したら、48万ユーローのスペインLOTTERYにあたったというLUCKY WINNER?の知らせだった。そのFUNDSを送金するため口座番号など同封の書類に書いてIDのPHOTOCOPYと一緒に下記の番号へFAXしろということだった。まことしやかにBATCH #とかREF.#が書かれてあった。日本やロスの宝くじも一度も買ったことがないのに、ましてスペインのものなど知る由もない。これが今言われているSWINDLEだと思った。すぐにスペイン領事館を探したらサンフランシスコにあったので電話した。すると、すでにこの件の電話でINFLUX状態だという。主に3つのLOTTERYの名前のどれかで送られてくるということで、その中に私が受け取った名前があった。調査用にこの手紙を送ろうかと聞いたら、すでに山ほどあるから警察へ持って行けと言われた。これからは国際的TRIBUNALが増えていくと実感した。又、先日インターネットの接続がおかしくなり、カスタマーサービスへ電話したら、相手はなんとインドから対応しているという。ほんとうにGLOBAL VILLAGEになってきているなと感じるこの頃です。P.S.-レジー(ワニ)が昨日LA ZOOにデビューしました。これから約50年生息するとのことです。
2007年08月10日
先月ある会社の飲料水ボトルのロゴが消費者をMISLEADするとして話題になった。こちらではTAP WATERが飲めないのでPURIFIEDとかDISTILLEDと書かれた水を買ってくる。問題になった会社(従来のCARBONATED SODASのセールスが健康上の理由で下がってきている中、BOTTLED WATERがそれに代わる売れ筋商品となってきている)のマウンテン ロゴがいかにも山里の湧き水を使用しているように思わせるが、実は水道水を使っているのだという。もちろん会社側はそれをただ入れているわけではなく、7過程とおして飲み水にしている。しかし世論には逆らえず、今年末までには新たなラベルに変えそれにはTAP WATER使用と表示されることになっている。5GALLONのボトルを持ち上げようとして腰を痛めた方々が大勢いて、私は1GALLONのものをまとめ買い(ディスカウントあり)して、DOLLYで駐車場から部屋まで運んでます。
2007年08月08日
クレジットカードのPHISHINGに加えてチェックのWASHING被害が増加してきている。こちらでは$20.00以上の紙幣を受け付けない慣習があるので、支払いによくチェックを使う。CON ARTISTSは相手先と金額の部分を市販の洗剤で消して、書き換えて銀行から引き出してしまうのである。普通のボールペンで書かれたものなら15分ぐらいで消えてしまうという。しかし、チェックにもとから書かれてある文字は消えない。また、プロが見ても判別が難しいという。SCAMMERSはなんとかして本人のサイン入りチェックを手に入れようと、電話・手紙・E-メール等でコンタクトしてくる。CONVENTIONAL WISDOMとして"IF IT SEEMS TOO GOOD TO BE TRUE"なら、のらないことである。新聞や雑誌でもUNI-BALL 207($2.00ぐらいのもの)ボールペンを使うよう注意を呼びかけている。私もSAVVYでありたいと思う。
2007年08月06日
ハリウッド映画スターがHAUNTするというROOSEVELT HOTELがある。マリリン モンローがよく泊まっていたプールサイドスイートルーム(CABANA246)に置かれていた等身大の鏡に時々彼女の姿が映るという。その鏡は現在はロビーに置かれてある。又、MONTGOMERY CLIFTが”FROM HERE TO ETERNITY"の撮影中に泊まっていたスイートルーム#928からBUGLEを練習して吹いているのが聞こえてきたり、誰もいないのに大きな物音がするという。さらに、CAROLE LOMBARDというコメディ女優は不慮の飛行機事故で若くして亡くなったが、理想のカップルといわれた、夫である CLARK GABLEとよく滞在したスイートルームでときどきROAMINGしているといわれている。暑い夏すこし涼みに行ってこようかと思ってます。(もちろんロビーの鏡だけです。)
2007年08月03日
DOGFIGHTSシリーズのなかに日本のゼロ戦がでてきます。A6M2 ZEROは316MPH, RANGE1,150 MILESで、パイロットもSUPERBでよく戦略にもたけていて、対するアメリカのF4F WILDCATはRANGE 770MILESで、スピード・操作に劣り、機銃もきちんと動かず、ゼロ戦は無敵の戦闘機として恐れられていたそうです。しかしその力を誇っていられたのは、1943年までで、グラマン社のF6F HELLCATが完成し、製造・配備が1943年1月に整ってくると、形勢は逆転し、1943年10月5日のWAKE ISLAND戦で(1941年真珠湾攻撃の日、島にいるアメリカ軍と戦って日本の基地となっていた)、11月11日RABAUL攻撃で、1944年2月16日のTRUK ATOLL戦でゼロ戦が消えていったようです。腕のいいゼロ戦パイロットの方々がいらしたことを誇りに思います。P.S.-1943年のWAKE ISLAND戦にブッシュ大統領の父上が参戦していたとのことです。
2007年08月01日
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