シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年02月04日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 神秘学では、どの宗教書にもあるように、霊界=精神界は、階層構造になっているとされている。それを認識するには、いわゆる霊視や霊聴が必要とされることは、何度もいってきたところだ。霊視や霊聴のような霊的器官は、肉体の器官とは全く別の、神秘学でいう、エーテル体やアストラル体に、その器官を形成する必要があるとされる。

 神秘学では人体を、肉体、エーテル体、アストラル体、自我の4つからなるものとしているが、肉体は、物質世界だけで、意味をもつものだとしている。だから、精神界を直接認識するには、肉体はまったく何の意味もなさないことになる。肉体の他の人体に、その認識器官を形成してやらないといけないわけなのである。

 そのことを、秘儀参入法と、神秘学では呼んでいる。

 太古の時代、人間は、いまのように、肉体に密接に深く入りこんでいなかったので、例えば、ギリシャ人は、そのエーテル体が、現代人とは異なり、顔面の頭部から突き出ていたという。なので、しばしば、そのエーテル体は、肉体の束縛を受けずに、自由に活動し、エーテル体が揺れ動くとき、その内部のアストラル体が、反射して、まるで、よく絵画に描かれる天使の頭の輪のようにみえたという。

 だから、太古の絵画の天使の輪は実際みえたように描いただけだという。

 太古の人間は、肉体から、わりと離れて、独立し存在していたので、容易に、精神世界をみることができたのである。だから、秘儀参入法も少し、瞑想をすれば、誰でもでき、それらは教育により、一種のいまでいう成人の年齢に達したときに、実現したという。古代カルディア人は20歳で成人、50歳で聖人と呼ばれ父となったとされたという。

 しかし、人間は、次第に、物質世界に憧れ、誘惑されるようになり、肉体のなかに深く浸透するようになっていき、教育もそれに変わるような、物質界を読み書きするものになってしまい、秘儀参入者が減っていき、秘儀参入法も変わっていったという。そして、ついには15世紀以降、そのような秘儀参入の試みは消滅してしまったという。

 そして、現代は物質界のみが自分に関係するものだという錯覚に陥っている。そのために、人間は、物質界を動かす金銭や名誉という、いわば肉体の虜になっていくといえるだろう。

 神秘学では、読み書きは物質界の必要性から、教育されたものだという。読み書きや、教科書の暗記をさせることが、物質世界のみが自分に関係するという感覚を植えつける元にさせるという。しかし、これは、人間があまりにも唯物的感覚に慣れ親しんでしまったので、いきなり、その教育を変えることは、かえって、混乱を生じさせるものとなるだろう。



 肉食から、菜食に移行するのに、ミルクが有効なように、読み書き中心の知識偏重教育から、精神性重視の自由な思想教育に、自然に、徐々に変えていくには、やはり、人間の人生全般と、人類の歴史や進化を深く知り、人生設計のような形でやっていかなければならないだろう。

 神秘学では、4つの人体である肉体、エーテル体、アストラル体、自我それぞれが、人間の年齢に応じて、前世からいかに構築されるかを、伝承している。

 現代人が、秘儀参入法を行うには、少なくとも人生半ばの35歳をすぎていないと不可能であるとされる。それは、人間の前半生が、前世から、人体を構築し、自らの周囲、外に向かって、それを発展させていくことが、課題であり、その課題が、ようやく35歳辺りで、うまく精神的に教育されたなら、開花するのに対し、人生の後半生は、自らの内にむかって、今度は、構築した人体を、精神的に、内面に再構築していくことが課題となるからであるという。

 だから、少なくとも、35歳を過ぎてないと、精神的に内面に、人体を再構築する土台が育たないというわけである。これが人生半ばで、うまくいっていないと、人生の後半生は、精神的向上心に欠け、ほとんど意味なく、かっての昔であった子供時代のように、幼稚性の強い物質的な俗っぽい人間として、過ごすことになるという。

 つまり、大人になっても精神的に幼稚性が抜けないのは、35歳までに、自ら精神的な教育を怠ったせいであるといえるだろう。

 人間の人生の前半は、周囲から与えられるものから、物質的に、自らを構築し、後半は、その自らが構築した、物質的なものを土台とし、それを精神的に発展させていくことが求められるという。

 だから、この物質的世界に暮らし、その背後に精神的世界を認識することが、そっくりそのまま人生の二重写しになっているというわけだ。

 とどのつまり、日々の自己反省そのものが、将来の高次の自己をつくるというわけなのである。ただし、これは年齢が目安になる。

 神秘学ではある年齢をすぎないと、自ら判断させてはいけないことを示している。それは、人体のアストラル体が、23歳でようやく完成したものとなるので、それ以前にそのような自ら判断することを強いると、未完成なまま、錯誤が生じやすく、後々の他の人体、主にエーテル体に悪い影響を与え、老齢になり、病気を生じるようになるという。

 実は、若いうちに不幸にも死んでいった魂は、この意味において、後半生において、なんらかの精神的修行の障害が生じえる可能性が生じたものと思われる。なので、次の転生にその意味を継続させるためであろう? 神秘学では、例えば、事故や感染病に罹患の不慮の死も、自らの自我が、無意識に呼び寄せたものであるとされている。

 なので、神秘学では、常に諦念が尊ばれる。



 東洋の絵画は、風景画が多く、西洋の絵画が、人物画が多いのは、これらを反映しているようでもある。

 このように、精神界=霊界を知るには、まず、体験が必要なことを挙げないといけないだろう。そしてその体験をイメージとしてこころに残すことが、秘儀参入法のまず始めの一歩であるとされる。

 次回から、人生の前半を、神秘学的な精神的教育と、人体の対応、成長関係を書いていきたい。





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Last updated  2006年02月05日 02時47分13秒
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