シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年03月01日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回までに、ヨハネの黙示録の神秘学的解釈の概要をまとめた。これからは、秘儀参入者が、実際、何をみたのかを、伝承されてきたものを元に、書いていきたい。

 秘儀参入者が、秘儀参入により、その前までは、全く知らなかったものを、知るには、人間の進化に目を向ける必要があるという。

 以前の人間は、現代人のように、個人的な自我の意識をもてるような存在ではなく、「わたし」と呼べる個人的な自我は、個体的な自我の意識を徐々に、獲得してきたことで、現在のように、到達し得えたといえるという。

 以前の人間を、いまのように「わたし」と呼ぶのなら、それは、種族全体の自我であり、例えば、日本人ならば、天皇を中心にし、血縁関係で結ばれていた人々、いまでいう天皇家そのものが、いわば日本人の自我であったという。

 そういう意味では、太平洋戦争時の日本人の没個人性は、いわば、古代のアトランティス時代に、後退し、戻った意識感覚ともいえる。

 このことは、旧約聖書を信望している民族には、はっきりと語られ、個々人は、自分を民族の一員と感じ、例えば、古代ユダヤ人が、私と民族の長アブラハムはひとつであり、自我意識は、実際、アブラハムにまでさかのぼるものだったという。

 血縁関係が、自我のなかに含まれていたという。

 「真に私たちのもっとも内なる、不滅の本質を形作るものは、個々の人ではなく、民族全体のなかに存在する。個々の成員はこの共通の自我に属する」と思ったという。

 そのために、彼らには「自分が死ねば、アブラハムにさかのぼる不可視の存在と合一する」ということも、明らかなことだった。



 しかし、この民族全体の集合魂は、物質界にまで、下ることはできなかったという。物質界には、個々人の人間形姿が見られるだけで、それは、古代においては、現実のものではなく、現実は、霊(精神)的世界にあるものと意識されていたので、血(血縁)を通して、流れるものは、神的なものであると予感し、その神的なものを、ヤハウエ神のなかにみるしかなく、そして、その顔を、ミカエルと名づけたという。

 旧約聖書を信望する人類は、自我を、ヤハウエにみて、その表れ、いわば顔を、ミカエルとしたのである。しかし、このことは、本来、歴史の上での実際は、古代アトランティス期の時代の人間のことであり、アトランティス時代は破局で終わり、我々のポストアトランティス時代になって、文化の担い手になったアーリア人において、最初にみられた、その特徴であるといえる。

 アーリア人において、秘儀参入により、魂のなかの悟性が発達し、周囲の物質世界に溶け込むにつれ、これら精神(霊)界の集合魂の自我から、個々の人へと、自我が、いわば下降し、個人的なものに進化してきたといえる。

 だから我々のポストアトランティス時代において、魂が何度も輪廻転生を繰り返しているにも関わらず、上記した民族霊に拘るというのは、一種のいわば回顧主義であって、執着であり、進化から堕落したものといえるであろう。

 現代では、個々の人の自我こそが最も不滅なものであるからである。

 現代の個人的な自我を、何らかに帰属させようとし、システムいわば物質的なものに組み込ませようとするものは、魂のなかの霊性を失わせる、堕落させたものといわざるをえないだろう。 

 現代では、個人の自由な思想こそが最も尊重される、永遠のものであり、何らかの主義主張が、他を強い、これに帰属せしめんとするのは、進化から逸脱する行為であり、霊性を失わさせ、過去辿ってきた人間の姿に後戻りすること。すなわち、獣の存在といわざるをえないのである。

 現代では、個人の自我からの、自由な意志こそが、永遠の命の土台となりうるものなのである。 

 まずは、このことから、現代人は、自らの内に、高次の自我をみいだせなければならないだろう。ギリシャ時代では、このことを「汝自身を知れ」という格言に意味を込めたのだという。

 では、実際に、秘儀参入者が、秘儀参入のなかで、このかってあった集合自我をみたのかというと、そうではなくて、かっての集合自我、集合魂、いわゆる民族魂が、人類に、個々の自我を与えたが故に、一層進化し高度になった、最も重要な集合魂をみたという。そこに個々の人間が、川の流れを遡っていくと、合流地点が見い出せるように、合流しているのをみるという。

 その集合魂には、4つの原像があるという。



 この地球の時期、状態を、神秘学では、月期と呼んでいる。月期、いわばレムリア期中期のときに、月が地球から分離したので、人間は、肉体に受肉でき、月期から、物質性を生み硬化する地球期の発展につながる前段階が形成されたという。

 人間の自我の源になった集合魂である、その4つの原像は、鷲、獅子、雄牛、原始の人間(いまの人間に近いイメージ)であったという。

 神秘学では、鷲は鳥の翼であり、頭部、思考を意味する。4大元素霊では、火の霊、4つの身体の個人的な自我を表すものだろう。獅子は、胸部、心臓であり、感情、感性を意味し、4大元素霊では、空、風の霊、4つの身体では、アストラル体であろう。雄牛は、腹部、消化であり、意志を表し、4大元素霊では、水の霊、人間の身体ではエーテル体であろう。そして、人間に近い原始人のイメージは、四肢であり、手足、労働であり、4大元素霊では土の霊、4つの身体では肉体であろう。

 つまりは、人間を構成する4つの人体、自我、アストラル体、エーテル体、肉(物質的)体は、この4つの集合魂から自我が、進化し発展することで、お互いの個人の人間へと組み込まれてきたといえるだろう。

 そして、それらは、4つの自然霊である、4大元素霊の、火、空(風)、水、土の精と、霊的に深いつながりをもっているのである。この4つの身体のどれが強く出ているかで、性格気質も影響するといわれる。現代でいうところの、血液型人格判別法にも通じるところであろう。



 これはいうまでもなく、魂のなかの話なので、この差異をできるだけ、人生体験において克服しようとするのが、夫々の個人的な人間進化の課題なのでもある。だから、4つの身体がバランスよく調和できるように、魂の制御能力をいわば、開発し発展させることに主眼がおかれ、輪廻転生の課題であるカルマを形成するのである。

 それは、それぞれの人生体験のなかから、苦や病や老から直接学んで、克服し、魂に刻みこむことで、解消されていくのであろう。

 長くなったが、ヨハネの黙示録の解説は、まだまだ入り口で、いまだ序の口という段階である。





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Last updated  2006年03月01日 22時51分01秒
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