シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2006年12月05日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 神秘学で用いられる記号と象徴は、物質界の意味を表すものではなく、それ故物質を記述するものではないので、物質的に捉えると錯誤や曲解をもたらす。前々回から太古の医術をまとめてきたが、それらの深い意味を、神秘学で用いる記号と象徴で記述できるのである。

 それは、神秘学の記号と象徴が、物質を記述するものではなく、物質から隠された秘密(オカルト)を記述するからである。

 つまり、神秘学の記号と象徴は、アストラル界及び霊界と関連する秘密(オカルト)の記号と形象なのである。

 世間に伝わるオカルト文字の多くは曲解や誤訳で、それは唯物的解釈により、物質として抽象化された悪癖のものであるという。

 そのような代表として、五芒星(ペンタグラム)の真の意味をまとめる。

 ヒポクラテス、パラケルススのような太古の医術では、人体を、4つのものから定義していたことは何度となく書いてきた。すなわち、肉(物質)体、エーテル体、アストラル体、自我である。

 ヒポクラテスは、これら4つの体の混合具合で、クラーシスとデイスクラーシス(病)を、評価したわけである。

 神秘学では、更に3つの体を加えた7つの体で、人間を定義するのである。これは7つのチャクラとも対応するものであろう。すなわち、

 物質体、エーテル体、アストラル体、自我、そして霊我、生命霊、霊人

 である。自我から先の霊我、生命霊、霊人の体(器官)は、ヨハネの黙示録により、人類が、地球以後の進化段階で、手に入れるべきものであるという。確かに、地球紀の現在の人類には、その萌芽として弱くかすかに存在するだけで、いわば種(たね)の状態にあるが、無いわけではない。

 五芒星は、このなかのエーテル体の活動の流れを表すものであるという。つまり、通俗的には、気の流れといってよい。

 エーテル体は、大抵の人が想像するような希薄な物質的身体、一種の微細な霧の塊というようなものではなく、エーテル体の特徴は、様々な流れが統一体として浸透して構成されるもので、力の流体のようなイメージであるという。エーテル体は実に物質体の建築家、形成者であり、氷が水から形成されるように、物質体はエーテル体から形成されるという。このエーテル体はあらゆる面に向かって、海のように流れに貫かれていて、それらのうちの主流が五つあり、両手両足を開いて立ってみれば、人間の身体は、ダビンチが描いたような絵のように表されるという。

 前々回の太古の医術の解説で、エーテル体の流れ、プロセス、作用から、数学らしく記述してきたものが、神秘学の象徴体系に既にあるところのものなのである。

 人間のなかのエーテル体は、星型に、反時計回りに巡る図で表現されるという。

 人間のなかの5つの流れがエーテル体を貫き、いわば人間のエーテル体の骨格を形成していて、絶え間なくこれらの流れはエーテル体を通過し、人間が動いているときも変わりなく、どんな姿勢をとっていようと、常に1つの流れが、額の中心、眉間の一点から発して右足へ下り、そこから左手へ、更に右手へ、それから左足、そこから再び額へ戻る流れを形成しているという。

  額の中心、眉間の一点から発して右足へ下る流れ
  右足から左手へ上る流れ
  左手から右手へ横切る流れ
  右手から左足に下る流れ


 五芒星と呼ばれるものは、この5つのエーテル体の中の流れで、物質体のように内的に活動していることを意味しているという。

 だから神秘学者(オカルティスト)が五芒星について、人間の図形として語るとき、解剖学者が骨格について語るのと同じで、エーテル体の流れを語っているのであり、この図形は、現にエーテル体の中に存在していて、1つの事実であるという。

 だから陰陽師が、五芒星を描くとき、このエーテル体の流れから、人間の存在、つまりエーテル体の状態を吟味していたことがわかるだろう。映画陰陽師のシーンにもあったが、陰陽師が五芒星のエーテル体を描くことで、エーテル体人間を表現していた。 実際、物質体を失っても、エーテル体をもつ自縛霊、執着霊が存在するからである。

 このような図形や記号を正しく用いる指針を少しずつ獲得すると、人間を次第に霊的世界の認識に導き、霊視力を獲得させる手段となるという。瞑想において五芒星をイメージし沈潜する人にはエーテル体内の流れの道筋が見いだされるという。

 神秘学のこれらの記号や形象を、瞑想においてイメージするとき(ただ忍耐強く行う必要があるという)、ある秘められた真実に導かれるという。



 遥か昔、地球は土星紀と呼ばれる、いまでいう熱の状態だったという。そのとき、人類存在は、熱からなるいまの肉体の原基から成っていたという。いまでは、この肉体の原基の名残は、体温を意味し、血液のなかの熱分布であるという。

 地球がその土星紀のとき、いまの地球の大気のように、土星の周囲は、エーテル体で覆われていたという。そして、次の太陽紀のときに、人類の体に組み入れられたという。地球が次の太陽紀のとき、次の月紀上で人類の体に組み入れられるアストラル体が周囲にあったという。

 この地球の古い太陽(紀)は、今日の地球のような岩石、植物、動物から成り立っているのではなく、太陽上に存在していたのは2つの自然領域で、人間は、どうにか人間的な植物といったような存在で、この人間存在と共に、一種の鉱物存在があったという。

 つまり、古い太陽紀は、人間的な植物と鉱物からなる2つの自然領域から成り立っていたという。

 この古い太陽を現在の太陽と混同してはならず、古い太陽は厚く流動するアストラル的な外被に取り巻かれていたという。古い太陽はいわば、アストラル的な空気の覆いに囲まれていて、このアストラル外被は光輝いていたという。

 この古い太陽の住人は、現在の人間たちよりも高次の存在たちで、これらの存在は光輝くアストラル体を持っていたという。聖書において非常に正確に光の霊、或いはエロヒムと呼ばれたこれらの存在は、そのアストラル本性を宇宙空間に放射していたという。

 このアストラル体は、人間の本質の第3の構成要素で、喜びと悲しみ、歓喜と苦悩、衝動、熱望と激情といった人間の内的魂的な体験を有する全ての担い手であり、植物にはアストラル体がなく、従って人間や動物のような喜びや悲しみは感じないのである。 

 現在の人間は、地球が土星紀のときに、肉(物質)体の原基を手に入れ、次の太陽紀のとき、土星紀の周囲のエーテル体を組み入れ、次の月紀のときに、太陽紀の周囲のアストラル体を組み入れ、そして、次の地球紀のとき、自我を加え、現在の4体としたという。

  土星紀→肉体の原基
  太陽紀→エーテル体を加える
  月紀→アストラル体を加える
  地球紀→自我を加える

 そして、神秘学では、ヨハネの黙示録から、地球は、我々の地球紀の後、木星紀となり、木星紀の後、金星紀となり、金星紀のあと、ウルカヌス紀になると想定されている。よく、地球紀を前半と後半に分け、前半を火星紀、後半を水星紀とも呼ぶが、そのような呼び方だと、地球は、一週間の暦のように、土、日、月、火、水、木、金と進展するといえる。

 これに併せて、人類も、肉体、エーテル体、アストラル体、自我と与えられてきて、今度は、霊我、生命霊、霊人と、地球の進化度合いに合わせて、手に入れていくといわれているのである。

 そうすると、次の現代人の課題は、霊我を手に入れることであるという。人間の自我がアストラル体へと働きかけて、より一層知的、道徳的、霊的な関連において浄化すると、人間のアストラル体から霊我ないしマナスが生じるという。

 遥かな未来、このようなことが完了されたときには、自らのアストラル体が「物質的に」輝きを発するという。植物が既に自らの内に新しい生命の萌芽を宿しているように、アストラル体も既に光の萌芽を宿していて、いつか人間が自らのアストラル体をもっともっと純化し、浄化しきった暁には、この萌芽が宇宙空間へと光を発することになるという。

 そのとき、この地球は、別の惑星(木星)へと変容するという。今日の地球自体は暗いもので、地球はただ太陽の光を反射して明るく見えるだけにすぎないものだが、いつか地球自体が光輝くようになるという。そのときには、自らのアストラル体全体を変化させてしまっている人間によって光輝くという。全てのアストラル体の総計が光となって、宇宙空間に光を放つものと想定されている。

 さながら、伝教大師最澄の説く一灯照隅、万灯照隅であろう。 

 さて、古来からの様々な宗教において、光は、叡智や、霊的な明澄さの意味で言及されていることの真の意味がここに見出されるという。

 人間が自らのアストラル体に組み入れたものは、我々が善、聡明さと呼ぶもので、それを通して人間は自らのアストラル体を高貴にすることができるという。

 例えば、まだ食人種の段階にあり、全ての激情に盲目的に従う未開人と、高度に進化した人間とを、何をもって区別できるかと問うなら、文明人は既に自らのアストラル体に働きかけてきたが、未開人はいまだそうしていないという点で区別できるという。

 自らの激情や衝動を、これには従ってよく、別のにはいけないと自らに言い聞かせるほどに把握している人は、道徳的な概念や理念を形成しているといえ、つまりこれがアストラル体を変化させ高貴にするということであるという。つまり、自制心が、自我によるアストラル体の純化を可能にし、光輝くものにするという。

 人間は受肉を重ねつつ自我からアストラル体に働きかけることにより、益々一層前述の光輝く存在へと自らを高めていくという。このことを「叡智の働きかけ」と呼び、アストラル体の中に叡智が増せば増すほどアストラル体は光輝を増すという。

 あの太古の太陽上に住んだ存在、エロヒムたちは全き叡智に貫かれていて、我々人間の魂と肉体との関係は、丁度この光と叡智の関係に同じであるという。

 つまり、光と叡智の関係は人類により考案され創出されたイメージではなく、1つの事実に基づいており、1つの真実であるという。

 事実、光は、叡智の身体なのだという。エーテル体が肉体をつくりだすように、アストラル体の光が、叡智をつくりだすという。

 このような真実が存在することを、宗教的な古文献が光について叡智の形象化として語っていることが、神秘学により理解できるようになるだろう。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006年12月06日 10時35分39秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: