シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年02月09日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 フィオーレのヨアキム、アラヌス・アプ・インスリス、或いは、ベルナルドゥス・シルベストリの視点は、これとは全く異なったという。彼らの表情には悲劇が書き込まれ、彼らは、取り返しのつかない喪失を被った時代に生きている、と実感していたという。そして、益々、この喪失に気づくことで、彼らの心は悲劇的な悲しみで満たされたという。

 そしてまた、その喪失を彼らの顔に刻んだ古代の秘儀を探求したい、という彼らの望みを、その場で目撃したときの、彼らの指(現代の退廃した世界から見れば恐らく「神経質」で敏感な指と見なされるような指)を見たならば、過去に存在した古代の叡智を生き返らせたいという憧れに気づかされるという。

 彼らの弟子のために、このような古代の場面を魔法のように現出させることが可能な瞬間があったが、それは幻想のような像に過ぎなかったという。

 さて、いまここに示していることは、詩的なファンタジーではなく、事実で、秘儀参入者なら、今でも素晴らしい聖堂が立つシャルトルの学院において、アラヌス・アプ・インスリスが、生徒に向かい、自然について以下のように語るのを思い描くことができるという。

「自然とは、近づこうとすると離れていく存在である。人は今、別の方向にそのエネルギーを向けるが、かつての聖人たちがもっていた自然に関する先験的な理解にはもはや与れない。彼らの目には、自然とは精神を付与され、あらゆる場所で、例えば、岩が形成され、植物が地球から生え出、宝石のような星が天に輝き、働く壮大な存在だった。あらゆる場所で無限に偉大な存在が働いていた。それは自然の織物を編む女性の素晴らしい形態の中に自らを現した。古代人たちは、このことを先験的に経験した。彼らの書き記したものから、我々は今でも、至る所で、いわゆる熱、光、色、そして、生命の顕現の中で、織りなし働く自然が、彼らの眼前に、いかに現れたかを思い描くことができる。彼らは、女神「ナチュラ」が、直接的な知覚を通してのみ、その真の本質を知ることができる神的-精神的な存在であるということに気づいていたのだ。」

 アラヌス・アプ・インスリスのような人物は、シャルトルの学院において、彼の弟子たちに、まだ、そのような概念を提示することができたという。とはいえ、秘儀参入者たちは、女神「ナチュラ」との結びつきを失ったことから、抽象的で生命無きものと見なす自然を、生命と活力に溢れたものとして見たために、この古い概念が徐々に薄れ、死に絶えるのを見る彼らの顔には、悲しみと悲劇が刻まれたという。

 そしてまた、有名なダンテの師、ブルネット・ラティーニのような人物に関しての話を聞くと、彼は旅の途上で、ある不思議なカルマ的事件によって、意識の変化をきたすような発熱に苦しんだという。この出来事の重要なところは、彼が生まれた町から最後の教皇派が放逐されたときに被った彼の苦しみに比べて、彼の成長にとって、遥かに大きなものであったという。

 この意識変化のお蔭で、女神「ナチュラ」に関しての知覚を持つことができ、彼の本「テソレットー」の中で彼女に関して記述することが可能だったという。彼は、生まれ故郷フィレンツェに向かう旅の途上で、寂しい森のまっただ中にある丘に着き、その丘の上で、いかに女神「ナチュラ」が機織りに向かって織るのを見たかをイマジネーションで、図式的な記述によって表現したという。彼女は、人間の魂にとって、思考、感情、そして意志がいかに重要であるかを、四つの気質と、五官の機能のなかの本質的な性格で、彼に明かしたという。

 そして、彼の精神と魂の目が開かれたという。抑圧された病理的な状態の影響下で、スペインから彼の故郷フィレンツェに向かう旅の途上に得られたこの経験は1つの精神的な現実だったという。この内的な変容の結果として、彼は四大元素の火、地、水、そして空気の織りなす生命、惑星の流れと動き、そして、体から出て宇宙の中に現れる魂を見たという。彼はこの全てを女神「ナチュラ」自身による精神的な教えの影響下で経験したという。



 そして、現代人の自然認識に対する態度全体を振り返ってみるとき、自然に対するアプローチが抽象的で、自然が、法則の一覧表になっていると感じるだろう。これらの法則を、ある程度、全体的に関連づけ体系化されたものとして見ることができるならば、それを誇りに思うかも知れないが、2、3世紀前を振り返ってみれば、自然現象の中で(鉱物や植物に伝わる熱や、成長し、繁殖する全生命、体の中で活発に働く熱が昇り、そして沈む太陽の中に)生き、織りなし、そして働く、神的な存在と人間との間には生きた関係があった、ということが分かるという。

 女神「ナチュラ」の活動を考慮する当時の科学は、それほどに異なったものだったという。講義を終えてシャルトルの学院から出てくる学徒たち(その大半はシトー修道会員だったという)の気分は、今日、講義室から出てくる学生たちの気分とは大分違っていたという。

 彼らの反応は絶対的に活力あるもので、女神「ナチュラ」の内的な存在の表現だったという。そして、有名なダンテの師、ブルネット・ラティーニのような人たちが書き記したものの中には、これと同じ生きた現実が映し出されていたという。





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Last updated  2007年02月09日 23時47分30秒
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