シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年04月23日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 キリスト衝動に音楽的表現を与えようとする衝動は、既に存在し、リヒァルト・ワーグナーの中で予見され、最終的に「パルシファル」が創造される原因となったという。

 けれども、「パルシファル」においては、キリスト衝動の現象世界への導入、そして、そこでは、最も純粋なキリスト精神の表現が追求されたが、その導入においては、ドーブ等の登場に見られるように、象徴的な示唆が与えられただけで、聖餐式もまた象徴的に示されただけだという。「パルシファル」の音楽では、宇宙と地上におけるキリスト衝動の真の意義が表現できていないという。

 音楽は、このキリスト衝動を、つまり、精神により内的に浸透されたハーモニーの中で表現できるという。もし、音楽が人智学により霊感を吹き込まれるなら、キリスト衝動を表現する道を見出すという。

 というのも、音楽により、キリスト衝動がハーモニーの中で、交響曲的に、宇宙と地上において覚醒でき、純粋に芸術的に、そして先験的に明らかにされるからで、そのためには、隠された感情の深みに沈潜し、音楽的な経験を内的に豊かにすることによって、正に、長三音階の領域の経験を深めることが可能になるからであるという。

 もし、長三度の領域を人間の内的な存在、つまり完全に内部に包み込まれたものとして経験するならば、そして、そのとき、完全五度の領域がそれを「包み込む」ような性格を感じ、五度構成の中へと成長して行くなら、人間的なものと宇宙的なものとの境界に達することになるという。

 そこでは、宇宙が人間の領域の中へと鳴り響くと同時に、憧れに燃え上がる人間存在(長三度)が宇宙へ(完全五度)と浄化することを希求しているという。そして、そのとき、長三度と完全五度の領域の間で演じられる秘儀の中で、宇宙へと到達する人間の内的な存在を、音楽的に経験することが可能になるという。

 そして、もし、そのとき、七度の不協和音、そして、人間が様々な精神的な領域(七度の不協和音)に向けて旅をするとき、大宇宙の中で経験する、感覚的なものを表現するが、その不協和音を解き放ち、宇宙的な生命を、自らに響かせることに成功したら、つまり、もし、七度の不協和音の死滅にまかせ、その死滅を通して、ある種確かなものを獲得できれば、死滅するハーモニーの中で、音楽的な耳をもって、何か音楽の大空に似たものの中へと最終的に調和することになるという。

 なので、もし、既に「長調」により「短調」を微かに示唆した後、七度の不協和音が死滅しつつある緊張の中で、つまり、この不協和音の全体への自発的な再創造の中で、七度の不協和音から、或いは、これらの消滅しつつある不協和音が、調和に近づきつつあるところに、短調の雰囲気の中で、五度の領域に移行する方法を見出すなら、そして、その地点から五度の領域に短三度の領域を混合させるならば、それによって、受肉に関しての、そして、もっと言えば、キリストの受肉についての音楽的な経験を呼び覚ますことになるという。

 長三度;宇宙への広がりの死、短三度;地への受肉、


 一見、八度音階に支えられることにより、宇宙的な感情にとっては見かけ上、不協和音に過ぎない七度の領域、「大空」へと形成するための、七度の領域に向けて、外へと手探りで歩み出るが、もし、そのとき、それを感情で把握した後、既に示した手法で、歩みの跡を辿ると同時に、短三度和音の胎児的な形態の中に、受肉を音楽的に表現する可能性を見出すならば、この領域において、長三度への歩みの跡を辿るとき、キリストへの「ハレルヤ」が、この音楽的な構成の中から純粋な音楽として鳴り響くことが可能になるという。

 人間は、そのとき、そのハーモニーの構成の中で、超感覚的なものに関する直接的な認識を魔法のように出現させ、それを音楽的に表現するという。

 キリスト衝動は音楽の中に見出すことができ、そして、ベートーベンの中に見られるような交響曲的なものの不協和音に近い解消は、音楽における宇宙による支配への回帰によって救い出されることが可能になるという。ブルックナーは、伝統的な枠組みという狭い範囲において、これを試みたという。しかし、彼の死後に発表された交響曲は彼がこの限界から逃れられなかったことを示しているという。

 我々は、その偉大さを賞賛する一方で、真の音楽的な要素の接近への躊躇、そして、既に述べた手法で出現させた、つまり、純粋音楽の領域に歩みを進め、そこで、ハーモニーを通して、1つの世界を魔法のように出現させる本質、すなわち、根本的精神を見出すときに初めて経験できる、これらの要素を十分に実現することに失敗したことを見出すという。

 もし、人類が退廃へと沈み込んでいかないならば、いま述べた音楽的な進歩がいつの日か達成され、そして、最終的には(完全に人類にかかっている)、キリスト衝動の真の本性が外的に明らかにされることになるという。

 このことに注目して欲しいのは、人智学は人生のあらゆる側面に浸透することを求めているということに気づいて欲しいからであるという。もし、人間の方で、人智学的な経験と探求への真の道を見出すならば、このことは達成でき、いつの日か、音楽の領域が人智学の教えの中にコダマし、キリストの謎が音楽を通して解決されることさえ起こるという。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007年04月23日 21時29分27秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: