シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年04月24日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回で、シュタイナーが、かつて行った「秘儀参入の正しい道と偽りの道」という講義を、秘教の探求という形で、私的に独学風にまとめた。

 機会があれば、もう少し噛み砕いて、再度、まとめたいように思うが、秘教の勉強は、イメージが大切だと思われるので、以下に、続けて、秘儀参入のための初歩段階の幾何学を、シュタイナーの4次元の講義を基にして、同様にまとめたいように思う。

 今回は、4次元に関する基本的側面をまとめるので、秘教の探求を期待していた人は、失望するかもしれないが、秘教の探求に際する、問題に関して、より深く洞察するには、数学の高次の概念を厳密に知っておく必要があるという。

 全くの基本的で普遍的な若干の概念を提供し、4次元空間の真実とそれに関して考察可能な事象とを区別する必要がある。4次元空間は、通常の覚醒意識による物質世界の感覚的で現実的事象として既知のものを超えて、遥かに宇宙に広がる真実と関わっているので、その場所へ赴くならば、思考を変換させる必要があり、少しばかり数学へと事象を遊ばせ、数学者の思考方法のなかに立ち入る必要があるという。

 数学者が歩を進めるには、一歩一歩が理論全体の流れに、どのようなインパクトを与えるかに関して述べる必要があるが、一般人が数学に関わるなら、たとえ数学者ですらも、4次元の真実の中には一歩たりとも踏み込むことはできないということにも、気づく必要があるという。

 数学者は単に思考可能、或いは思考不可能な事象から、その結論に達することができるだけで、ここで扱おうとしている課題は、さしあたり単純だが、第4次元の概念へ近づくにつれて、より複雑なものになる。まず次元というものが何を意味するのかに関して明確にする必要がある。

 様々な幾何学的構造を、その次元性で吟味するときに最もそのことが明らかになるという。そのとき、それは19世紀になってはじめてボヤイ、ガウス、リーマンのような偉大な数学者によって着手された考察へと導くことになる。

 最も単純な幾何学的対象は点であり、点は全くの広がりをもっていない。点は想像可能なだけの存在で、点は空間内の1つの位置を指し示すものであるという。点はゼロに相当する次元をもっている。

 点は空間においてゼロ次元である。 



 線は長さという1次元、面は長さと幅の2次元、立体は高さ、幅、奥行きの3次元である。

 しかし、ある立体、たとえば立方体を空間のなかで動かしても、結果はやはり3次元の立体で、立体は単に動かしただけでは3次元空間から離れることはできない。

 立方体は空間運動において、同型を止める。

 更に幾つかの概念を見ていき、まず線分を考えてみると、線分は2つの境界、A点とB点という2つの末端をもつ。

 ここでA点とB点を合わせることを考える。

 それを行うには線分を曲げる必要があるが、そのとき何が起こるだろうか?

 A点とB点を合わせようとすると、1次元の直線に止まることはできない。直線の2点を結合するためには、直線から外にはみ出る必要があり、つまり、第1次元から出て、面という第2次元に移行する必要がある。このようにして、線分の末端が重なることにより、直線から閉じた曲線、いわゆる最も単純な場合、円が成立する。

 線分を円に変形させるには第1次元から逸脱することが必要である。

 同じ操作を長方形の面で行うことができるが、これも可能なのは、2次元のなかから逸脱するときだけであるといえる。長方形を管、筒に変形させるには第3次元に入る必要がある。この操作は、前述の第1次元を逸脱することにより、2つの点を重ねたときと全く同じ手法で行われる。ここで面の場合、面の2つの端を重ねるために、第3次元に入る必要があるといえる。

 では、3次元の空間構造をそれ自身で示している立体、つまり3次元立体で、同様の操作を行うことが可能だろうか?

 2つの合同の立方体が3次元の直方体の境界をなすと考察してみる。その一方の立方体を他方の方にずらして重ねることができる。



 別の3次元の対象物に関して考察する。左手の手袋をとり、左手の手袋を右手に、内と外を区別して、しっかりとはめることはできないが、お互いが鏡像体とする一組の手袋を考え、そしてAとBの末端をもった線分と同様に考えれば、その左右の手袋が、お互いに鏡像的関係に属することが理解できる。それら左右の手袋は中心に境界、つまり鏡の面を有する単一の3次元像を構成しているといえる。このことは人間の外皮膚の2つの対称的な左右の半分に関しても言える。

 ではお互いが鏡像体である2つの3次元構造をどのような手法で重ねることができるか?を考える。

 それは丁度、前の例のように、第1及び第2次元を超えたような、第3次元を逸脱するときにのみ可能で、つまり、4次元空間を通っていくことにより、右の手袋を左手に、或いは左の手袋を右手にそれぞれしっかりとはめることができる。

 観照空間の第3の次元、つまり奥行きの構築に関しては、右目から来る像を左目から来る像に重ね、つまり、2つの左右の像を融合しているという。

 ここでツェルナーによる1つの例を考察する。



 面の内部に止まる場合には、不可能だが、正方形を立方体に移行させるときに、2次元から3次元へと超えたように、ここでも2次元から逸脱する必要がある。同様に球の場合にも、球の表面を突き抜けるか、または3次元を超えることなくしては、内部に 入っていく可能性はないといえる。

 以上、これらは概念的な可能性に限るものだが、認識論、とくに知覚内容の客観性に関する認識論的な問題については直接的で実際的な意味をもち、第1に人間が実際、どのような手法で知覚を可能にするのかを明確に理解するための認識の必要性を与える。





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Last updated  2007年04月25日 21時53分37秒
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