シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年05月14日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 秘教の知識なしに、アストラル界に出くわすと、人はただ混乱するだけで、それを理解することはないということを前回まとめた。

 これはアストラル界を、鏡像対称的に見る必要があることや、自分に向かってくる全ての凶暴な獣を、自分の内にあるものの鏡像として理解する必要があることを知らないからだという。実際、アストラル的な諸力や人間の激情はカマローカ(死後まもなく迎える欲界)においては、あらゆる多様な動物の形態(獣)を取って現われるという。

 カマローカにおいては、肉体を離れて間もない人を見るときも、全く美しくは見えないという。その瞬間には、まだ、あらゆる激情、衝動、願望、切望そのものを、内にもっているからであるという。

 カマローカにいるそうした人々は、確かに既に肉体もエーテル体もないが、そのアストラル体のなかには、彼らを物質界に縛り付けていたものや肉体によってのみ満足できるもの全てがまだ保持されているからであるという。

 過去生においても大したことを行わず、宗教的な発展に向けて努力したこともない、現代の普通の平均的市民を思い浮かべる。その人たちは理論的には宗教を否定していないが、事実上は否定しているような(つまり、彼ら自身の感情に関する限り)、宗教を窓から放り出しているような人々、宗教は彼らの人生においては生きた要素にはならなかった場合を考察する。

 そのような人のそのアストラル体には何が含まれるのか?

 そこに含まれるのは、例えば美味しい食べ物を楽しもうとする欲望、つまり肉体器官によってしか満足させられることのない熱情といえる。しかし、それを満足させるためには、その欲望を満足させるための味覚が存在する必要がある。或いは肉体を動かすことで満足させられる別の楽しみを求めているかも知れない。

 肉体がなくなった後もそうした欲望がアストラル体のなかに頑として生き続けることを想定する。もし、アストラル的な純化や浄化をしないまま死んだなら、そのような状態になり、食べる楽しみやその他のものを求める欲望は死後いまだもっているが、それらを満足させる可能性はもうないので、それらはカマローカにおいて恐ろしい苦しみを生じさせるという。

 カマローカでは、最初にアストラル的な浄化をせずに死んだ人々の欲望が取り払われるという。もはや満たされることがない欲望や願望を放棄することを学ぶときのみ、アストラル体は解放されるという。



 このアストラル存在は別の肉体を利用することもできるので、悪を退けることのできる霊視者がいないときには、霊媒をトランス(霊媒)状態に入らせるのは非常に危険であるという。

 物理的な世界の獅子(ライオン)の形態は特定の激情を決まった形で表現し、虎は別の激情の表現で、猫は更にまた別の表現であるという。それぞれの動物がどのような特定の激情や衝動の表現であるかを知ることは興味深い。

 アストラル界、つまりカマローカでは、人間はその激情に従って動物(獣)の本性にほぼ似たものとなるという。

 この事実は、エジプトやインドの司祭、そして叡智の教師によって説かれる魂の輪廻の教えに関して、よくみられる誤解の原因となっているという。

 「動物に生まれ変わらないように生きなさい、」とその太古の教えは説くが、この教えは物質的な生に関してではなく、より高次の生について言っているという。輪廻転生についてではなく、つまり、人間が動物(獣)に生まれ変わるのではない。

 太古の教えが意図していたのは、死後カマローカで動物的な形態をとる必要のないような生活を、地上において送ることを勧める、ということに他ならないという。

 例えば、猫の性格をつくりあげた人は、カマローカにおいて猫として現われるという。

 カマローカにおいても人間の形態で現われるようにする、というのが魂の輪廻の教えが目指しているもので、真の教えを曲解する学者たちが、この教えについての、例えば、(次の転生に)動物に生まれ変わるというような馬鹿げた考えをもつという。

 秘教では、人間は(悪魔に魂を奪われなければ)人間のみに生まれ変わるものとしている。

 人間が動物に現れるのはカマローカと呼ばれるアストラル界であり、死後の世界である。カマローカにて、人間の動物性は除去され、それに応じてカルマの課題を与えられ、再度、転生するときは、人間として生まれてくる。 

 こうして、数や時間の領域、そして道徳生活の領域においてアストラル空間に入るときには、物理的世界のなかの習慣的思考や、行為の完全な鏡像に関わることが分かる。鏡像対称的に読みとる習慣を身につける必要がある。この習慣はアストラル空間に入るときに必要となる(4次元の)技能であるという。



 1つ見慣れた正方形をイメージし、その四つの等辺を四つの異なった色で描くことにする。

 これは正方形が、物理世界においてどのように見えるかを示すという。

 ここで、この正方形が、デーヴァ界(神界)において見えるように描いてみる。全く正確とはいかないが、少なくともメンタル界(デーヴァ界)では正方形がどのように見えるかについてのイメージを与える。

 [正方形の]メンタル的(デーヴァ的)な対応物はほぼ十字のようなものであるという。

 概略的には、垂直に交差する二つの軸、互いに交差する二本の直線、つまり十字架と言っていいという。この十字架の物理的世界における対応物(正方形)は、十字架の軸(直線)の各々に垂直な線を引くことにより、(正方形として)構成されるという。



 この互いに垂直な軸線を、交点から外に向かって働く力、或いは流れとしてイメージすると同時に、反対側から、つまり外から内に向かって働き込んでくる対抗的傾向が存在することを考察すると、そのとき、正方形を、これら二つのタイプの流れ、或いは力(一方は内から、他方は外からやってくる力)が互いに堰き止め会う境界線としてイメージすることにより、物理的世界の中へと、メンタルな正方形がやってくる。つまり、力の流れが堰き止められる境界ができるという。

 この像は、あらゆるメンタル的なものが物理的なものにどのように関係しているかを表しているという。





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Last updated  2007年05月14日 20時46分05秒
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