シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年05月16日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 武士道の理念は、自己制御にあるといえる。なので、武士道は常に自らを振り返り、自己鍛錬に勤しむのである。宮本武蔵も、武士とは、常に、戦場にいることを想定し、準備に勤しむことだともいっているようである。

 勝負は、「勝った!」と思った瞬間から気の緩みが生じ、「負け」に転じる。「勝つと思うな、思えば負けよ」という演歌があった。

 要するに、「過ぎたるはおよばざるが如し」という諺を言い表すのであろう。だから、武田信玄は、勝ち過ぎは負けにつながり、5分6分辺りの勝ちが理想としたという。

 さて、世の中、一見、全てが勝負事や競争事のようにみえるが、それは幻想にすぎない。勝負事は、ルールの土台の上に、勝ちの定義が決定されてから、行われるからである。なんらかのルールが成り立たなければ、どんな勝負事を行っても、結局、無に帰するのである。

 勝負事には、ルールが先決であり、戦には何より大義名分が優先される。大義名分を失った時点で、戦は単なる破壊、殺人行為に堕落する。

 しかし、この大義名分というものが最も如何わしきものなのである。

 これは米国が起こしたイラク戦争をみれば一目瞭然である。確かに米国は勝ったというが、北朝鮮やイスラム諸国に、かえって核保有の欲望をもたらし、イラクの治安は荒れ、何万人のイラク人や何万人もの米国民を死に追いやった。

 それでも、米国は、経済が潤ったと開きなおるだろうが、経済など、上がれば自然、下がるものなのである。何より、経済資源が、有限である限り、上がれば必然、下がるだけのことなのである。致命的なのは、命は、もはや帰ってはこないのである。

 さて、あまりにも地球規模の経済優先政策のせいで、自然破壊が進行し、生物の大量死や、大量消失が、至る所で生じるようになってきた。



 人類はいかにも近視眼的で、現在地球上で最も愚かな生き物といえるだろう。

 米国の裸の大統領を非難しようものなら、途端に、口を封じられる。裸(馬鹿)を裸という真の言論の自由は、低俗で経済活動優先のセンセーショナルな報道のせいで、闇に葬られる。

 「裸の何が悪い、アダムとエバも裸だったのだ!」と時代錯誤の偽キリスト原理信仰の裸大統領は叫ぶだろう。

 「馬鹿をいいなさい、アダムとエバは、神の国にいたから裸なのである。それを証拠に、地球に降りたとき、自らが裸である知性を得て、顔を赤らめたのである」

 裸の大統領は、この恥すら知らないのである。同じ大統領フセインと知能比較をしてみてから、処刑すべきだったのではないだろうか? 

 同じ馬鹿でもイギリスのブレアは恥を知り、辞めていった! どうやら犬といわれたブレアには飼い主に愛想を尽かす知性だけはあったとみえる。わが国のハジ公は野良犬の雲隠れがお似合いのようである。

 勝海舟は、「理屈は死んでいる。世間は生きている」といったが、理屈から生じる書籍に載ったたどたどしき記憶による歴史に、元々、正しいも間違いもないのである。

 理屈や論理は、学問の上に、確かに存在するが、問題は、それをいかに現状に適用するかにあるといえる。学者が社会の上で、使い物にならないのは、社会経験に乏しい故に、論理の適用をしばしば間違えるからである。

 アフリカに面白い喩え話がある。



 ライオンは言った、「ハイエナくんはいなくなったので、今度は、狼くんが分けたまえ」。すると、狼は、「そうだね、ハイエナくんはいなくなったので、その分はライオンくんになるね。そして、元々、3分の1はライオンくんの分だから、3分の2はライオンくんのものだね。そして、最後の3分の1も、やはり、百獣の王のライオンくんのものだろうね。だから全てはライオンくんの分だね」

 すると、ライオンは言った、「君にその分け方を教えたのは誰だい?」。狼は応えた「それはハイエナくんだよ!」。こうして、狼は、ハイエナが考えた等分の論理を、上手く現実に適用し、ライオンが腹一杯になることで、食われずにすんだという。

 この逸話は、勝海舟の、理屈は死んでいるということをよく表しているのである。世間は理屈通りには進まないのである。第一、秘教によると、理屈は、この世だけの1部の領域のみに当てはまる論理でしかないのである。あの世が抜けているし、死後の世界も抜け、宇宙全体をもまるで想定してもいないのである。

 だから、人間は必ず失敗するのである。人間は失敗と共に、貴重な自由な経験を同時に手にするのである。その自由とは論理に当てはまらない自由なのである。

 つまりは、「過ぎたるはおよばざるが如し」といえるだろう。上昇するものは下降し、増加するものは減少するのある。だから、人間は日々、失敗から学び、軌道修正していくことでしか、正解に近づけないのである。



 さて、この教訓から、先日起こった母親殺人事件が思い起こされる。犯人は、「戦争やテロがなくなればよい」といって、母親を悲惨なかたちで殺傷した。

 いかに評論家が、何か語ろうが、このような事件に論理などない。第一、それは評論家の論理でしかないからである。ここでいう犯人の論理とは「戦争やテロが、この世からなくなればよい」というもので、この主張自体は、確かに正しいものであろう。

 だが、母親への殺人行為は、この論理とは真っ向から相反し矛盾するものである。犯人は戦争やテロ行為そのものというべき不道徳行為を実行しているのである。

 つまり、口と行動が全く正反対の天邪鬼、嘘吐きなのである。よく浮気をしたときの理屈、つまり上半身と下半身は全く逆であるというのと同等であろう。

 さて、ここに、現代の深刻な病が見出される、あまりにセンセーショナルな報道がなされ、情報過多な社会のなかで、自らの行為を自らで、もはや律し得ない人格者が、出てきているといえるのである。

 ここにもみられるように、それは理性の消失なのである。

 口では、立派な道徳を唱えようとも、その行為は、外道卑劣な人間、人格者の持ち主、ヨハネの黙示録でいう悪人が、生まれてきているといえる。しかし、この犯人を責めることはできない。このような第2の犯人を出さないように、口よりも、行動を示すこと。実践を重んじることが社会に問われなければならない。

 改革といいながら、弱い者いじめしかできない総理大臣。庶民が苦しんでいようが、自分たちだけが利益を出せばよいという経済優先企業の経営者。ビジネスといいながら、詐欺紛いの法律不備を狙い犯罪スレスレを行う金融業者。

 そして、センセーショナルな報道で視聴率を稼ぐ、広告代理店や放送業者。そして、それを人気取りに利用する悪徳政治家たち。

 しいてあげれば、この人達が社会を汚してきたせいであるといえるだろう。この犯人は、本当は、このような人たちの首を刈りたかったはずなのである。しかし、理性を消失し、短絡思考に埋没してしまったので、自分に大切な身近な存在の母親に、愛を与える者に誤って、間違っていってしまったのである。

 間違いが間違いを生じてしまったといえる。本来、悪い奴の首を刈りたいのに、理性が消失しているから、身近に愛する者にいってしまったのだろう。このような社会が差別を生み、いじめ社会をつくりあげるのである。

 大学教授とあろうものがハレンチ事件を起こす。社会的報道者が、痴漢事件を起こす。異性を欲望の対象としてしまう愚かな自制心の欠片もない人格者たち。一体、何のための社会的地位なのであろう。本当は、弱者ではなく、これらの社会的地位者の強者の首を刈るべきなのである。

 本当は、自ら鍛錬し、このような社会に幅を利かせる悪い奴を、倒すのが、本道である。しかし、あまりに知性的で、短絡思考なので、自らが強くなることを忘れ、理性が抜け落ちて、弱者にあたってしまうのである。「そのような未熟な自我では、俺を倒せはしない。所詮、お前は俺の敵ではない、お前は強くはなれない、それより知性を身につけろ!」と悪魔は、耳元で囁き誘惑する。

 そうして、悪魔の囁きに負け、デスノートを求めてしまうのである。しかし、真に強くなるには、沢山負けを経験することなのである。

 彼らが言うことに耳を傾けてはいけない。みざる、きかざる、いわざるでいくべきである。

 しかし、このような犯人を生ましめた悪徳人格者は、最後の審判で首のみならず、舌を抜かれるので、心配無用である。

 イラクのフセインは危ないから排除すべきという論理の下に、実はフセインと同じ穴のムジナだった米大統領。

 そして、美しい国をつくるといいながら、いま、それと同等の行為がなされようとしている。肉を食い、悪徳を行いたい奴には行わせておけばいい。神の裁きがその判定を下すだろう。元々、米国がはじめた戦である、自らの糞は自分で始末させるべきである。ライオンをボケさせろ、一杯食って眠りについたとき、その隙に、首を捕らえろ!獅子の寝首をかけ!!

 我々は、ハイエナになるより、いま狼を選択すべきである。





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Last updated  2007年05月16日 23時20分24秒
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