シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年06月13日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 「繰り返し消滅したり、再び出現したりするものは果たして存在するのか?」という問いに対する答えは非常に容易であるという。

 ときに、自身のなかに現れては再び消え、超感覚的能力をもたない人にとっては、3次元として知覚できなくなるようなもの、例えば、喜怒哀楽の「喜び」という感情について考察する。「喜び」の後、同じ感情が、何か別の出来事に際し、再現される。

 このような場合、平面存在のように、2通りある意見(原理)のうちの1つの意見(原理)をもって振る舞うことができる。その「喜び」の感情は、人間が追跡できない空間の中に消えたと言うこともできるが、その感情は消え去り、それが再び現れる度に、新しく創造されると主張することもできる。

 しかし、無意識のなかに消えるいかなる思考も、消滅し、再び現れる思考が存在する証拠になる、というのは真実であるという。もし、この思考が、実際に存在するように見えるなら、次のステップは、唯物的な観点から持ち出されそうな、あらゆる異議を定式化してみることが重要であるという。

 最も手強そうな異議に触れてみる。その他の異議は全て簡単に反駁でき、現代人は、この現象は純粋に唯物的な言葉で説明できる、と主張するだろう。そこで、物質的プロセスという文脈において、消えたり再び現れたりするものの例を提示する。

 例えば、作動している蒸気ピストンを想像する。ピストンに力が加わっている限り、その運動を我々は感知する。さて、反対方向に働く同様のピストンで、その運動に対抗する。その運動は止み、機械は静止し、均衡する。そのとき、運動が消えたようにみえるだろう。

 同様に、現代人は、「喜び」の感情とは脳のなかの分子の運動以上のものではない、と主張するだろう。分子(神経細胞内のもの)が運動している限り、「喜び」の経験をもつ。

 何か別要素がその分子に反対の動きを生じさせると仮定する。そうすると、「喜び」は消える。この推論の線に沿って考察を更に先まで追求しない人は誰でも、実際、これは先に示された考えに対する、非常に重要な反論であると捉えるだろう。つまり、そのような反分子の存在により、脳内の均衡が図られ、「喜び」が実際に消えると考えるのである。

 しかし、この反対意見を詳細に見てみる。丁度、ピストンの運動が反対方向の運動の結果として消えるように、分子の運動に基づく感情は反対方向の分子の運動により打ち消されると言われる。1つのピストンの運動が別の運動に対抗して作用するとき、一体何が生じているのか? 



 つまり、平衡状態によって、なんらかの存在の消滅(非存在)を説くことは不可能である。

 このように、意識のなかに存在する、いかなる感情も、それ自身を除去すること無しに、別の感情を除去することはできないという。なので、1つの感情が別の感情を除去できるという仮定は全くの間違いであるという。その場合、いかなる感情も残らず、感情の完全な不在が生じることになるだろう。

 それでも猶、言えるのは、最初の感情は第2の感情を無意識のなかに追いやるという程度のことだが、そう言ってしまえば、直接的な観察の網にはかからないが、それでも存在するものがあることを認めたことになるだろう。

 今回は、超感覚的知覚に関しては全く考察せず、純粋に数学的思考に関してのみ述べた。4次元世界が存在するという可能性を認めた時点で、超感覚的能力無しに4次元物体を観察可能か、と問うかも知れない。このとき、4次元空間の数学的な幾何学射影等の、その種の投影が、4次元物体の存在の認識を可能にするといえる。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007年06月13日 19時33分25秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: