シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2007年09月06日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 そして、一方に牛のいる牧場を、もう一方に飛翔する鷲をみるとき、そこに注目すべき一対の両極が得られる。

 鷲、鷲は、霊化されてしまったために地球にとって使用不可能となった地球素材を、死ぬときに彼方の霊の国に運び去る、牛、牛は死ぬとき、地球に天の素材を与え、そうして地球を回復させる。

 鷲;霊化された物質的実質を霊の国に運び去る
 牛;物質化された霊的実質を地球に残す

 鷲は、もはや地球には使用できず、霊の国に戻さなければならないものを、地球から取り除く。牛は、地球が霊の国からの回復させる力として絶えず必要としているものを、地中にもたらす。

 ここで、秘儀参入学から浮かび上がってくる、感情のようなものをみるだろう。というのも、通常次のように信じられているからである、

 「秘儀参入学というような、ともかくも、そのようなものを研究するとして、しかし結局、それが与えるのは概念、観念以外の何ものでもない、それは普通、感覚的なものに関する観念で頭を一杯にするのと同じように、超感覚的なものに関する観念で頭を一杯にしているだけである」、と。

 ところが、この言い分は間違いである。秘儀参入学において、先に進めば進むほど、以前は予感もしなかったような、どんな人にも無意識に存在している感情を、魂の奥底から引き出してくるようになり、あらゆる存在を、以前感じ取っていたのとは別様に感じ取るようになる。



 「人間の真の性質を認識すれば、地球上に人間しかいないとしたら、地球がそもそも必要なものを得ること、そして正しい時期に地球から霊化された(物質)素材が取り除かれ、霊素材が与えられるということに対して、人間は絶望的にならざるを得ない」、と。

 本来、人間の存在と地球の存在との間の、このような対立を感じ取らざるを得ない、これは究めて悲痛な対立であり、人間が地球上で正しく人間であろうとすれば、人間のために、地球は正しく地球であることができない、と言わざるを得ない故に、悲痛が人間に込みあげてくる。

 人間と地球はお互いを用いているが、人間と地球は互いに支え合うことができない!

 一方の存在が必要とするものが他方から失われ、他方が必要とするものが一方から失われる。人間の周囲の環境が現われてこなければ、人間と地球との生のつながりに関して、人間は安心していられない。

 そして、人間は自らに次のように言い聞かせざるを得ない、

 「霊化された地球実質を霊の国へと持ち去ることに関して人間にできないこと、これを成就するのは鳥の世界である」、と。

 更に、「人間が霊的実質として地球に与えることができないもの、これを与えるのは反芻動物たち、その代表としての牛である」、と。

 このように、この事により、宇宙はいわば、1つの全体へと完結する。単に人間だけを見ると、感情のなかに入り込んでくるのは地球の現存に関する危うさだが、人間の周囲にあるものを見ると、再び安心感が得られる。





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Last updated  2007年09月06日 18時27分26秒
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