シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年02月19日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 しかし、前回とは異なる、また人間探求のもう1つ別の道がある。道徳的理想と呼ばれる、荘厳さと力に対する、その圧倒的な偉大さに対する、感情を発達させるとき、つまり、自身の魂の中を覗き、その世界の中で、道徳的理想として、意味づけられるものを、長い間に認識できたとき、その別の道が、我々人間の前に開ける。

 道徳的理想の偉大さ、崇高さに対して、敏感であることは、全体的に、健康な人間の本性に属している。人間は、自身の中で、丁度外なる宇宙の中に顕現した栄光と美により、喚起された感情と同じように、圧倒的な力で働く感情において、道徳的理想に関して、この別の道を発達させることができる。

 自身の内に、道徳的理想と、その目的に対する人間の愛と情熱の灯を灯すとき、真に神を認識する、別の道を歩むことができる。大いなる感情の熱が、その時、魂を満たすことができる。しかし、続いて、ある考えが必然的に生じる。

 その考えは、人間を通して、宇宙が顕現するという、前回述べた考察から、自然に出てくる考えとは異なっている。道徳的理想の力という、最も崇高な概念をもつ人々により、強烈に経験される考えが続いて生じる。

 その考えは、次のように表現される、

「人間よ、汝がいまある姿は、汝の心の中に生じることのできる、気高い道徳理想から、何と遠くに隔たっているのか! 汝が行う、もしくは行えること全てをもってしても、汝の前に、汝が置くことができる、道徳理想の偉大さに比べて、汝は、何とちっぽけで、取るに足らない存在であるか!」

 そして、このように感じられないこと、自分の理想に比べて、自分を小さいものと感じないことは、その人が、惨めにも、小さい心しかもっていないということを意味する。というのも、人が自分の道徳理想を前にし、自分の不十分さを、益々感じるようになるのは、正しく、その人の心と魂の成長に従って、生じることだからである。

 それから、また1つ別の考えが魂の中で夜明けを迎える。その考えは、我々人類に頻繁に生じることができる考え、つまり、

「我々の内で、道徳的理想を、今までより、もっと生き生きしたもの、強いものにするために、持てる勇気と全ての力を発揮すべきである」、

 という決心である。

 道徳的理想に対して、自らが不十分であるという考えは、その性質上、人間の魂の中にあまりに、しっかりと根づくために、自分が打ち砕かれるように感じると同時に、他方で、感覚世界の中に、自分がおかれていることにより、その外的側面においては、神に意志された人間という、あまりに力強い感情を持つ故に、人間は自分自身を、神から疎外されているように感じる、ということも起こる。

 そのような人間は、恐らく自身に次のように言うだろう、

「私は、外的な存在として、ここに立っている。私が自分を外的な存在と考えるとき、自分に次のように言わざるを得ない。

『汝は、その全体が、神の意志による世界の合流点であり、汝は神に意志された存在であり、汝は神に似た姿をしている!』、

それから、私は内を見る・・・そこに、私は神が私の心に刻み込んだ理想を発見する。そして、その理想は確かに、私の内の神に意志された力のはずである・・・」

 そのとき、その人は、自身が不十分な存在であるという感覚が、自らの魂から湧き出してくるのを感じる。

 以上が、前回とあわせて、人間が、世界(宇宙)と自分自身を観察するときに辿ることができる2つの道である。





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Last updated  2008年02月19日 22時45分47秒
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