シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年03月27日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回の、物質とは崩壊した精神であるという事に関してよく考えてみると、誰かが多分次のように言うだろう。

「そうかも知れないが、美しい結晶のような空間的な形状があるよね、結晶は美しい空間的な形態ですよ。今、あなたは全ての物質は『精神の廃墟』であると言いましたが、結晶はどうなのか。」と。

masga2.jpgmasga3.jpg

 この事に関しては、上図を基に説明する。水が滝になって落ちるのを考える(図3のa)。ただ、それはあくまで不可視で、見えないものとする。(b)にその流れを妨げる障害物を置く。水が、(b)にぶつかると、水滴(c)となって砕け散る。

 今、滝は不可視だが、砕け散った水滴は目に見えることと想像する。すると、この粉々に飛び散る滝の水滴中に、物質の起源をイメージしたことになる。しかし今、下方にある障害物を考慮に入れないようにする必要がある。何故なら、それは存在しないからである。もし存在するなら、既に物質がそこにあったと仮定しなければならない。なので、次のように考えなければならない。

「物質は、そのような障害物なしに(精神的に、つまり超感覚的に)存在する。」

 物質は運動(動き)の中で存在する。それは形態を取るという行為においても運動の中にある。何故なら、運動(動き)は形態に先行するからである。運動(動き)の霊の行為に浸透されていないものなど、どこにもない。そして、この運動(動き)、この形態は、ついには、いわば消耗し、内部崩壊する地点へと至る。

 その地点を、完全に魂的、霊的存在が、流れ出した最初のものとして把握する必要がある。その原動力には限りがあり、いわばそのエネルギーが尽きるところまで至り、それ自身へと投げ返され、そして断片へと分解する。



「この物質の背後には、その活動の限界に達し、そこで分裂した超感覚的なものが横たわっている。しかし、それは分裂する前、まだ内的、精神的形態を保っていた。そしてそれが崩壊したとき、その精神的形態は、離れ離れに分散した廃墟の中でも働き続けた」、と。

 その(精神の)働きの強いところでは、その精神的形態の輪郭は分解と分散の後も継続し、それが描く線の中に、まだその精神的な輪郭の名残を辿ることができる。そこに結晶の起源がある。結晶は、それ自身の推進力によって、まだ当初の方向性を保持しているが、ただ反対向きの方向性を持つ精神的形態の再構成なのである。

 ここに描いたのは、超感覚的認識により明らかにされる水素についての究めて大凡の姿である。水素の起源は、無限の彼方から突進してきた光が消耗し、バラバラになって流れたものである。ただ、水素への光の変化を、この図(4)では、その光線が自身を通り越した為に、その水素の形態が保持されたように描く必要がある。

 超感覚的観察者には、水素は以上のように見える。水素には世界の無限の彼方からやってきて、ついにはバラバラに飛び散る不可視の光線のようなものがある。要するに、物質はどこにあっても、破壊された精神と呼ぶことができる。物質は本当に精神に他ならないのだが、分解状態にある精神なのである。

 (シュタイナーは、このとき、すでに、素粒子論の超対称性の前身を唱えている。光のようなものから水素原子、つまり原子核と電子が生じるといっているのである。つまり、ボーズ粒子からフェルミ粒子が生じるといっているわけである。

 光は可視光だが、その前に不可視の光のレベルがあり、それが精神であるというのである。また、精神の状態は、運動により生じるといっている。

 現代物理学では、原子核は、グルーオンとクォークからなり、その原子核の周囲を電子が周っているという見解であるが、原子核を、実際、グルーオンとクォークに分けるには、加速器を使って、電子や陽子とその反粒子を衝突させ、高エネルギー状態にしてやらないといけないのである。つまり、高エネルギーの運動が必要なのである。

 グルーオンや光子は、ボーズ粒子、クォークや電子はフェルミ粒子に分類されるが、加速器という運動により、素粒子に分解してやると、ボーズ粒子とフェルミ粒子に分けられるわけである。

 実際は、散乱エネルギーを解析して粒子として見積もってやっているので、シュタイナーのここで述べていることは、それをイメージで捉えたものともいえる。)  

 更にもう1つの難しい考えを示さなければならない。そして、それは、この講義の初めに述べたことに関連している。魂と精神の中で、外(界)的なものと内的なものとを区別する必要があると言った。さて、それは次のように空間の次元と対比することができる。

 つまり、全ての空間の次元というものは、実際、空間の次元が存在する処では何処でも、ある一点から、多様な方向へと発する存在から構成されるが、その一点というのが「内的」なものであり、その他多様な方向全てが「外的」であるというように対比される。



 (直線上の点から面上全てに発するイメージに該当するのだろう。)

 さて、次の事柄の理解は究めて重要である。精神の物質への崩壊が次のように起こることが想像される。

「精神は、分裂と破壊を与える、いかなる種類の外的障害物にもぶつかることなく、自ら壊れ、崩壊する」、と。

 その破壊は、いわば無の中で生じることと想像する。もし、精神が無の中へと崩壊していくならば鉱物質が生成する。なので、実際、第一に精神は、精神自体が分解しなければならない。その時、鉱物が生じる。

 けれども今、宇宙においては、物事はそのように無垢の方法では生じないものと想像できる。ある分解プロセスは精神から生じるのだが、そこでは既に世界が準備されている、つまり、無の中ではなく、例えば、既にあるエーテル的な形態の中へとバラバラに分解していくものと想像できる。






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Last updated  2008年03月27日 20時45分18秒
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