シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年08月04日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 魂は、概念、感情、思考の混沌とした流れのものではなく、明確に区別すべき、三つの構成体をもっている。これら三つの構成体の内、第一の、最も低次のものを、以前、「感覚魂」と呼んだ。その基本的な姿を最もよく見ることができるのは、比較的低い発達(進化)段階にあり、完全に熱情や衝動、欲望や願望のままに生き、自分の内に生じる、あらゆる欲望や願望をひたすら追求する人間である。

 このタイプの人間の中では、人間の魂の自意識的な核である自我が、熱情、欲望、共感と反感の波打つ海の中にあり、魂の中を、嵐が吹き抜ける度に、その影響を被る。そのような人間が、その性向に従うのは、当人がそれらを支配しているからではなく、それらが当人を支配しているからである。そのため、彼はあらゆる内なる要求に、そのはけ口を与える。彼の自我が、この波打つ欲望を超えて、自らを上昇させることは滅多にない。

 魂が更に発達(進化)していくなら、自我が力強い中心点から働くことを、益々はっきりと見ることができる。 進化が進むに連れて、当然の成り行きとして、誰の内にもある魂の高次の部分が感覚魂に対して一定の支配力を獲得するようになる。この高次の部分を、以前、「悟性魂、或いは心魂」と呼んだ。

 人間が、あらゆる性向や衝動に従うときにも絶えず、魂のなかに存在し、自我が、性向や欲望をコントロールし、当人が受け取る、絶えず変化する印象に、内なる生活における、ある一貫性を賦課し始めるときにだけ、効果的となるものが、魂の中に現れる。このように、この魂の第二の構成体、悟性魂が優位になるとき、人間に関する表象(イメージ)はより深いものになる。

 次に、魂の最も高次の構成体、意識魂について、以前語った。意識魂では、自我が十全なる力強さをもって前面に出てくる。そのとき、内なる生活は外界に向かう。その概念的な表象(イメージ)や考えは、もはや、熱情をコントロールするために、魂のなかにあるのではない。何故なら、この段階において、魂の内なる生活の全体は、外界を映し出し、その認識を獲得するように、自我により導かれるからである。

 この段階は、意識魂が魂の生活を支配するようになったことを示している。これら魂の三つの構成体はどの人間の内にも存在しているが、いずれの場合も、それらの内の1つが支配的になっている。

 以前の講義では、魂は発達(進化)において、更に先に進むことができ、実際、もし、言葉の真の意味で人間であるなら、日常生活でさえも、先へと進まなければならない、ということを示した。

 行動への動機が完全に外の要求に由来するような人間、ただ共感と反感のみによって行動へと駆り立てられるような人間は、内にある人間本性の真の性質に気づこうと努力しない。精神世界から導き出される、道徳的な考えや理想へと自身を上昇させるような人だけが、進化を達成する。

 何故なら、新しい要素によって、魂の生活を豊かにするのは、精神世界から導かれる行為を行うことによるからである。



 人間は、内なる存在によって、知られざる深みから、外界に刻印する何かを、引き出し、人生に持ち込むことができるからこそ、「歴史」を有する。同様に、もし、外(界)の経験を、ある考えに結びつけることができなければ、決して世界の秘密に関する真の認識に到達することはない。

 ある考えを、自身の中にある精神から取り出し、外界に対置する。人間は、そうすることにより、外界を、その真の姿において把握し、説明できる。このように、我々の内なる存在に、精神的な要素を注ぎ込み、外界だけからは決して得られないような経験で、魂を豊かにする。

 神秘主義に関する講義で述べたように、しばらくの間、外界の印象や刺激から、自身を切り離すことにより、つまり、魂を空にすると共に、通常は日常生活の絶え間ない経験により、打ち消されているが、今、炎へと燃え上がらせることができるような(マイスター・エックハルトが言う)小さな炎に没頭することによって、魂生活の、より高次の形態へと上昇できる。

 この階級にある神秘家は、日常のレベルを超えた魂生活へと上昇する。つまり、神秘家は、魂の中に置いた存在のヴェールを、世界の神秘により、取り除くことによって、自身を、その世界の神秘の中に沈潜させる。

 次に、もし、人間が、その世界の神秘を、静かに受容する態度で、未来を待ち受け、過去を振り返るにあたっては、日常生活において明らかになるようないかなるものよりも偉大なものが、自らの内にあることを感じるなら、その人は、祈りの中で、当人の上に聳え立つ、より偉大な存在を見上げざるを得ないようにさせられ、つまり、神秘家は、その神秘の中で、通常の生活を超越する存在に向けて、自身を超えて、内へと上昇するということを(その講義で)、見てきた。

 そして、最後に、イマジネーション(霊視)、インスピレーション(霊聴)、インテュイション(霊人)という3つの段階を通じて、人間を導く、真の精神的訓練によって、光と色の世界が盲目の人には閉ざされているように普通の人々には、知られていない世界へと成長できるということを見てきた。

 このように、人間は、通常レベルを超えて成長する魂を見ることによって、魂が限りなく多様な段階を経て発達(進化)していく様子を垣間見ることができる。

 例えば、もし、周囲の人たちを見回してみるなら、彼らは究めて異なった発達(進化)段階にあるということが分かる。ある人は、自分の魂を、ある一定の段階にまで上昇させ、自分が獲得したものを、死の門を通って運んで行くことができる可能性をもつということを、その人生の中で示すだろう(病気の克服、治癒力)。

 もし、人々が、ある段階から別の段階へと移っていく様子を研究するなら、ポジティブな性質とネガティブな性質という概念へと至るが、ある人がポジティブ、或いはネガティブであると言うことはできない。何故なら、人間は、発達(進化)段階に応じて、両方の特徴を示すからである。

 ある人は、当初、最も強固で最も頑固な衝動を、感覚魂の中にもつかもしれない。そのとき、その人ははっきりとした衝動、熱情、欲望に駆られる一方、その人の自我中心は、比較的ボンヤリしたものにとどまり、しかも自分で、そのことに気がつかない。この時点で、その人は非常にポジティブで、ポジティブなタイプの人間として、その人生を追求する。

 しかし、もしその状態にとどまるならば、その人は進歩することができない。その人は、その発達過程において、ポジティブな人間からネガティブな人間に変化しなければならない。何故なら、その人は、発達(進化)が要求するものが何であれ、その受容に向けて、開かれていなければならないからである。



 ここで、魂にとって必要とはいえ、危険の源泉ともなり得るもの、つまり、人生を安全に導くことができるのは、魂に関する親密な知識のみである、ということを、非常にはっきりと示すような存在に触れることになる。もし、魂の生活に影響を及ぼすような、ある種の危険から逃れようとするなら、人間は進歩できない、というのが実際なのである。

 そして、ネガティブな人間にとって、外の印象の流れ込みに対し、そして、それらと一体になることに対して、開かれているために、この危険は絶えず存在する。この事は、当人がよい印象ばかりではなく、危険で悪い印象もまた取り込む、ということを意味している。

 非常にネガティブな人間が、別の人間に出会うとき、簡単に我を忘れ、判断や理性とは何の関係もない、ありとあらゆることに聞き入り、その人間が言うことばかりではなく、行為にも影響を受ける。彼は、その人間に非常によく似てくるほどまでに、その行動やお手本を真似するだろう。そのような人物は確かによい影響に対して開かれているといえるが、あらゆる種類の悪い刺激にも応答し、それを自分のものにするという危険に曝されることにもなる。

 もし、普通の生活から、周囲で活動する精神的事実や存在の本性を見ることが可能な水準へと上昇するなら、ネガティブな魂の性質を有する人間は、外(界)の生活においては、ほとんど認識できないような、曖昧で漠然とした印象からくる影響にとりわけ開かれている、と言わざるを得ない。

 例えば、実際、人間が独りでいるときには、多人数の集団の中にいるときとは、かなり異なっている。その集団が活動的であるときには特に異なることがある。人間が独りでいるときには、自身の衝動に従い、たとえ弱い自我といえども、その活動の源泉を、自身の中に探求する。



 だから、ローゼガーが書いた方言の詩の、わずかな言葉で表現した真実を何度でも経験できる。次のような言葉は乱暴だが、そこには核心以上の真実がある。

 ひとりで人間

 ふたりで皆の衆

 もっといりゃあ畜生だ

 人間は独りでいるとき、仲間といるときよりも賢い、ということに、しばしば気がつく。というのも、仲間といるときは、ほとんどいつでも、その場の支配的で、平均的雰囲気に左右されるからである。

 このように、ある人は、はっきりとした考えや感情を持たずに集会に出かけ、以前は特に気にも留めなかった何らかの論点を、講演者が熱心に語るのを聴く。その人は、その講演者からは、その講演に応える聴衆の歓呼ほどには影響されないので、その歓呼にしっかりと心を掴まれ、全くの確信を持って家に帰ることになる。

 この種の集団心理は人生において大変大きな役割を演じる。それはネガティブな魂が曝される危険、特に、党派主義の危険を示している。というのも、誰かに何かを確信させようとして失敗しても、もし、その誰かを党派やグループの影響下に置くことができるなら、その影響下に、魂から魂へと広がる集団心理が働くために、再び確信させるのに、比較的容易になるからである。ネガティブなタイプの人にとって、大いなる危険がここにある。





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Last updated  2008年08月04日 19時44分44秒
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