シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年08月11日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 さて、人智学には、何か無条件にポジティブな反応を要求する性質がある。もし、例えば、有名な近代的装置、つまり写真やスライドを使い、動物や、自然現象を、目の前でスクリーンとして、映し出すなら、視聴者は、その映像をネガティブな気持ちで、全く受動的に見ることになる。

 その際、ポジティブな性質は必要とされず、思考すら必要とされないだろう。或いは、氷河が山を下っていくような様々な局面を映し出す一連の写真を見せられるかもしれない。それもまた、同じネガティブであることに変わりはない。これらの例は、ネガティブな態度に訴えかけるものが、今日、幅広く存在することを示す。

 人智学はそれほど単純ではない。写真は、せいぜい人智学的な考え方の幾つかを象徴的に示唆するだけである。人間はその魂生活を通してのみ、精神世界に近づくことができる。実り多い方法で、人智学に精通したいと望む人は、その最重要な要素が見せ物等の題材にならない、ということに気づく必要がある。

 だから、人智学を志す人間への助言は、活動し続けること、それも自身の魂と共に、そして、その事によって、その魂の最もポジティブな性質を引き出すことである。実際、人智学は、これらの性質を人間の魂の中に育成するのに、最高の意味で、相応しいものである。

 人智学は、魂の中で眠っている力を掻き立てる以外のことは要求しないので、その世界観の健全さが存在している。人智学は、あらゆる魂に本来備わっている活動に訴えることによって、隠された力を呼び覚まし、身体全ての活力と精力に浸透するようにする。

 だから、それは、人間の体全体に対し、十全なる意味において、健康を与える効果をもっている。そして、人智学は、集団心理によるものでなく、ただ個々人の理解力を通してだけ呼び出される健全な理性にのみ訴えかけ、集団心理が引き起こす、あらゆるものを放棄するが故に、人間の魂の最もポジティブな性質を考慮するものなのである。

 このように、作り話ではなく、いかに人間が2つの流れ、ポジティブな流れとネガティブな流れの中に置かれているかを示す多くの事例を集めて来た。

 低次のポジティブな段階を離れ、魂が新しい内容を得ることができるようなネガティブで受容的な状態へと赴くことなしに、更なる高次段階には上昇できない。つまり、このネガティブな状態をずっと伴っていくことによって、高次段階において、もう一度ポジティブになる。

 もし、自然を正しく観察することを学ぶなら、いかに人間が、世界の叡知による配剤に従って、ポジティブな位相からネガティブな位相へと、そして再びポジティブな位相へと導かれるかを見ることができる。



 人間は、最初、通常のエゴイズムと共に、悲劇の存在状態に入るに際し、非常にポジティブであること、つまり、自身を硬化させると同時に、他の人間から自分を切り離す、ということに注意する。けれども、その後、もし、他の人たちの悲しみに同情し、同時に他の人たちの喜びを自分の喜びとすることを学ぶなら、非常にネガティブになる。それは、その人が自分の自我から離れ、他の人々の感情に参入するからである。

 人間がネガティブになるのは、誰か別の人に降りかかるように見える何か漠然とした運命、つまり、親密な共感を抱いている誰か(悲劇の主人公)に、明日、降りかかるかもしれない出来事に深く心を動かされるときである。

 誰かが、自らを破局へと導くような行いに向けて、急ぎ進むとき、つまり、それを予見できるが、自らの衝動に突き動かされているために、その人にはそれを避ける力がないような破局に急ぐとき、誰が震撼せずにいられるだろうか?

 悲劇がもたらすものを恐れるが、その事が、我々人間の中に魂のネガティブな状態を醸し出す。何故なら、恐れはネガティブなものだからである。もし、我々人間が、危険に満ちた未来に近づきつつある、他の誰かのために、恐れ(不安)を抱くことができなければ、もはや、人間は人生の中で真の役割に与ることはないだろう。

 人間をネガティブにするのは、そのような恐れと共感なのである。悲劇が、我々人間の前にヒーローを登場させるのは、再びポジティブにするためである。我々がヒーローの行為に共感を覚え、そして、ヒーローの運命を非常に身近に感じることで、運命が目覚めさせられるのである。

 同時に、そのヒーローの姿は、演劇の進行とともに、我々の恐れや哀れみが純化されるような形で、目の前に現れる。つまり、それらはネガティブな感情から、芸術の働きによって、我々に付与される調和的な満足へと変化させられ、それによって、再びポジティブなあり方へと我々は上昇させられる。

 こうして、古代ギリシャの哲学者による悲劇に関する定義が示すのは、いかに芸術が必然的にネガティブな状態の感情を、ポジティブな状態に変容させる人生における要素であり得るか、ということである。

 当初、低次の発展(進化)段階から更に発達(進化)していくために、ネガティブでなければならないが、芸術は、そのあらゆる領域において、人間を高次の水準へと導く。

 美は、さしあたり、現段階を超えて上昇するのを助けるために、目の前に置かれるように意図されたものである、と見なければならない。そのとき、通常の人生は、もし、その人間が既に芸術を通して、高次の水準に上昇させられていたならば、魂の高次状態から放射するもので浸透される。

 このように、いかにポジティブと、ネガティブな性質が、個々人の間だけでなく、人間の一生を通じて交替するものであるか、そして、それが、いかに個人と、そして人類全体を、ある受肉から次の受肉へと上昇させることに寄与するかということを理解する。

 もし、時間があれば、いかにポジティブ、或いはネガティブな時代、及び歴史的時代があったかを容易に示すこともできる。ポジティブとネガティブの考え方は、あらゆる魂の生活領域と広く人類全体の生活領域に光を当てる。


 人間は最初、個人として、人類という集団から離れた、個性的な登場人物として誕生する。つまり、この状態は、ポジティブであり、劇中では、主人公の個性は容認される。
 やがて、主人公が、大人になるにつれて、闇に包まれた社会へと足を踏み出し始める青年期を迎える。社会は危険に満ち、個人の力ではいかんともしがたいような経験を積みはじめる。人間社会で何事かを為すには仲間や同士が必要である。この事は、魂に共感と恐れを持ち込み、悲劇は、魂をネガティブにさせる。
 そして、その悲劇を克服するような、ヒーローが現れ、お互いのなかの恐れを純化し、共感を純化し、その結束をまとめ上げ、悪を克服するヒーローとなり、再び、魂をポジティブに目覚めさせる。
 このように、悲劇には、魂をポジティブからネガティブへ、そしてネガティブから再びポジティブに目覚めさせる秘儀参入法が隠されているという。)





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Last updated  2008年08月11日 20時10分15秒
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