シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年10月27日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 さて、植物薬による生体組織の再生(治癒)のような事は、いわば一寸した短編小説風に叙述できる。

 人間を取り巻く世界の素晴らしい植物相に眼差しを向けると、当然、歓びを、とても大きな歓びを感じるだろう。しかし、羊を解剖し、その解剖の直後に、その腸のなかの、別の植物相(羊の腸内にある菌)を目にするときは、歓びを感じない。

 この(羊の体内の)別の植物相は、その発生原因という点でも、外部の植物相の発生原因と、決定的に類似しているが、羊を死後に解剖して、この羊の内部の腐敗臭が、こちらに漂ってくるのを感じるとき、この腸内の植物相、すなわち腸菌群落に対して、歓びを感じるどころではないだろう。

 しかし、この事こそ、特に注目すべきである。なぜなら、人間の外の自然においては、植物相を、植物足る性質の軌道にのせる要因であっても、人間(人体)のなかでは、克服されねばならず、腸内に、腸菌群落が発生してはならないことが明白だからである。

 このなかには、究めて広範な研究領域が拡がっており、比較的若い、勉学中の医学生に、この研究を勧めたいが、特に、学位請求論文の為に、この領域から、多くを役立てるとよいのではないかと思われる。特に、様々な動物の形態、哺乳動物を経て、人間に至る形態における、腸形成の比較研究という領域からは、得るものが多いように思う。

 この領域においては、究めて、重要なことがまだ数多く研究されないまま、残っているので、非常に実り豊かな分野が成立するだろう。

 とりわけ、羊を解剖すると、その腸菌群落の為に、酷い腐敗臭が発散されるのに、鳥類の場合は腐肉を食する鳥の場合でも腐敗臭はなく、解剖しても比較的心地よいとさえ言える匂いを発するのはなぜなのか、一度その隠れた事情を探究して欲しい。

 このような事柄においては、いまだ非常に多くの事が、今日まで充分に、学術的に研究されていない。この領域における腸の形態の研究に関しては尚更である。一寸考えてみれば、鳥類全体が、哺乳類との、そして人類との本質的な差異を示しているのである。

 鳥類の場合、(例えば、パリの医師メチュニコフ(2)のような唯物論的な医師たちは、このような事柄に関して、最大の思い違いをしてきたが)膀胱と大腸は、究めて未発達なのである。鳥類が走禽類となる段階でようやく、大腸の形態、及び膀胱の形態における、ある種の膨隆が見つけられる。





 腸内、そして人間の生体組織全般に現れてくる植物相、更に、これから見ていくように動物相のなかに、病因を見るなら、表面的な見方にとどまるだろう。実際、恐るべきことだが、今日病理学の文献を調べてみると、各章毎に新たに、この病気には、この菌(ウイルス)が、あの病気にはあの菌(ウイルス)が発見された云々にぶつかる。

 この病原菌(ウイルス)による発病全ては、人間の生体組織の腸内植物学、腸内動物学にとっては非常に興味深い事実だが、病気にとっては、せいぜい1つの指標という以上の意味を持っていない。

 つまり何らかの病気の型が根底にあると、人間の生体組織においては、何らかの興味深い微小な動物、或いは微小な植物の形状が、この基盤の上に発達する機会が提供されるが、そうでない場合はそれ以上何もないと言える限りでの、指標にすぎない。

 この微小な動物相、及び植物相の発達が実際の病気に関与している程度は非常に低く、せいぜい間接的に関わっているだけである。というのも、この今日の医学内で、展開されている論理は、究めて奇妙なものだからである。

 良く飼育されて見事な牝牛が沢山いる土地を発見する場合を考えてみる。その場合、これらの牝牛が何処からか飛び込んできて、この土地が牝牛に感染されたから、このように沢山の牝牛が、この土地にいるなどと言うだろうか。多分、そのような事などほとんど考えられないだろう。

 そんな事よりも、この土地に勤勉な人たちがいるのは何故か、何らかの動物の飼育に適した土壌がその土地にあるのは何故かを探究するだろう。要するに、恐らく、良く飼育された牝牛が、その土地にいる原因となり得る全条件(要素)を、思考の拠り所にするだろう。

 この土地が、良く飼育された牝牛に感染されたからなどと言うとは考えもつかないだろう。

 しかし、今日の医学が、微生物その他に関して展開している論理は、この発言と同じものである。微生物等のこの興味深い生きものが、そこに実在することから見て取れるのは、そこに肥沃な土壌があるという以上のことではなく、この土壌の観察こそ当然留意すべきものなのである。

 ただ、例えば、この地方には良く飼育された牝牛がいる、これを何頭か譲ってやれば、もっと勤勉になろうと奮起する人もいるようになり、間接的に、このような事が起こる可能性はある。これは無論、付随して起こり得る事柄である。準備の行き届いた土壌が菌(ウイルス)により刺激され、土壌自体も何らかの病気のプロセスに陥ってしまうことは当然起こり得る。

 実際、この菌(ウイルス)という生物の観察は、本来の病気の観察とは、ほとんど関係がない。健全な論理の養成を留意するなら、このような細菌(ウイルス)だけに病因を言及する論理のように、公認された科学からはじまって、健全な思考の荒廃を招くような事は、そもそも起こり得ないはずである。

 考慮すべきことは、以前から、その特徴を述べてきた、人間における(身体)上部と下部のある関係が誘因となって、上部と下部との正しい相互関係が成立しない可能性がある、ということである。



 人間(人体)のなかでは、下部の規定(水準)に従って生じるべき活動が、下部で生じ得ない場合、堰き止められ、押し戻されるという特殊な事態が起こる。つまり、下腹部において、この下腹部に組織されている特定のプロセスが生じることができない場合、これらのプロセスは、押し戻される。

 このような言い方は素人臭いが、今日通用している病理学に少なからず見つけられる表現よりは、科学的といえるものである。人間の下部において規定通りに生じるべきプロセスが、上部へと押し戻されるわけだが、肺の排出や、肋膜その他のように、上部における排出全般についても、その原因を、人間の下腹部の正常、もしくは異常な排泄プロセスと、いかに関連するかを調べることで、追求する必要がある。

 生体のこのようなプロセスが下腹部を通じて、上半身に向かって押し戻されることを正確に見ていくことが究めて重要である。上半身で起こりうることの多くは、下腹部から押し戻されたプロセスに他ならない。上部人間と下部人間との間に正しい関係が成り立たないと、これらのプロセス(反植物化作用)は押し戻される。





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Last updated  2008年10月27日 19時27分17秒
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