シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2008年11月11日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 更に、必要なのは、物質体とエーテル体の、人間の本性の、より高次の構成要素との関係、すなわち、アストラル体と呼ぶ、本来、魂の存在と、自我と呼ぶ、本来、霊の存在との関係を認識することである。

 これらを、患者から見て取ることが必要である。だから、例えば、夢をよく見るか、あまり見ないかといった質問を、患者にすることもやむを得ない。ある患者が夢をよく見るなら、それは構成全体に関して非常に重要なことである。

 なぜなら、それは、アストラル体と自我が、自身の活動を展開する傾向を持っている事、つまり物質(肉)体には、それほど入り込まず、それほど密接に関わっていない為、本来の人間-魂の形成力が、人間の器官組織のなかに流れ込んでいないことを明示するからである。

『夢をよく見る人は、アストラル体と自我がそれ自身で展開する傾向をもち、肉体とエーテル体にはあまり深く入り込まずに、関係をもたない。』

 更に確認すべきことは、不愉快なことかもしれないが、当人が、活動的で勤勉か、それとも、怠惰な傾向があるか、ということである。というのも、怠惰な傾向のある人は、アストラル体と自我では、非常に内(精神)的活動性を有するからである。

 理屈に合わないようにみえるかもしれないが、この内(精神)的活動性は意識されず、無意識のものである。この活動性が意識されない為に、当人は、意識においては、どうしても勤勉ではなく、大体において怠惰となる。

 なぜなら、ここでいう怠惰の反対(勤勉)とは、その人の高次の人間をもって、低次の人間に介入していける有機的能力、つまり、その人のアストラル体と自我から、物質(肉)体とエーテル体へと、活動力を実際に導いていく能力のことだからである。そして、怠惰な人の場合、この能力が非常に少ない。怠惰な人とは本来、精神科学的に見れば、眠っている人なのである。

『活動的で勤勉か、それとも、怠惰な傾向があるか。怠惰な傾向の人は、アストラル体と自我から、物質体とエーテル体へと、活動力を導く能力に疎く、眠っている。』

 続いて、確認すべき事は、当の患者が近視であるか遠視であるかということである。近視の人というのは、いずれにせよ、自我とアストラル体が、物質体に対してある種抑制されている。近視というのは、その人の霊-魂が、肉体-物質に介入しようとしていない、という事の、最も重要な徴候の1つである。

『近視であるか、遠視であるか、近視の人は、自我とアストラル体が、物質体に対してある種抑制され、霊-魂が、肉体-物質に介入しようとしていない。』





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Last updated  2008年11月11日 20時30分40秒
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