シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2009年02月07日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 このブログによくお越しくださる孔明さまとの対話により、ある面白い着想が浮かび上がった。

 それは、この書き込みのタイトルにあるように、超弦理論を用いた幸福論である。

 超弦理論とは、簡単にいえば、素粒子を、弦の振動の対称性を用いて、記述する数学的理論のことである。簡単にいえば、弦を弾いた場合の音色を素粒子にみたてたものである。

 なぜ、弦なのかというと、それは元々、量子力学の発見につながった、光は波なのか、それとも粒子なのか、という問題からはじまる。

 結論をいえば、光は粒子でもあり、波でもある、というような見解に至り、数学的には、確率論を用いて記述することで、量子力学体系が完成した。

 しかしながら、量子力学には、問題があり、それが観測問題として、いまでも議論の対象に事欠かない。

 これ、仏教の空の概念と同じものなのである。仏教というより、禅の公案に近い。

 生と死はあるのか、霊魂はあるのか、といった問いと同じである。

 お釈迦様は、あるといえば、あるし、ないといえばないというようなどっちつかずの答えを出しているそうである。



 そう、立場、見方によって様々ということである。

 光を粒子として捉えようとする立場をとるなら、粒子だし、光を波として捉えようとする立場をとるなら、波なのである。

 実際は、その両極端ではなく、波から粒子、或いは、粒子から波へと変容している状態がある。この意識状態を、古代人は、中庸、或いは道タオと呼んだようだ。

 簡単に表現すると、光が粒子になった時点で、波という情報を失い、逆に波となった時点で、粒子という情報を失うのである。それは認識によるからで、量子力学では、波の収束と呼ばれる。問題は観察対象にあるのではなく、観察者の意識にある。

 そう、つまり、変容している意識が問題で、光が波なのか、それとも粒子なのかというのは副次的な作用と考えるのが本質ということなのである。

 例えば、勉強をすることに意味があり、知識をひけらかすことに意味があるわけではないのと同じである。問題を解決できることに意味があり、つまり意識が変容することが意味をもち、問題の解決法を覚えることは、その副次的産物にすぎないわけである。

 しかし、我々はよく副次的産物の方に重点をおいてしまいがちであるが、この事が根本的な間違いを起こしている。

 幸福はなんらかの副次的産物なのに、幸福が根本だと錯覚してしまう。そして、幸福を求めてしまいがちである。

 仏教を学べば、幸福は、幸福という形であるのではなく、なんらかの意識変容の副次的産物としてあるということがわかるだろう。つまり、認識論の問題になる。簡単にいえば、心の取り扱いにある。

 そこで、この心を弦に置き換えてみる。お釈迦さまも、苦行をやめたときの理由に、弦の喩えを持ち出して、弦の適度な張りがもっとも心地よい音を奏でると言った。



 そこで、深層意識と、顕在意識とを弦であらわすと、うまい具合に超対称性を用いて記述できるように思われる。前者が負のエネルギーの存在、後者が正のエネルギーの存在を意味する。

 恐らく、これを具体的に表現していくとなると、生命の木の構図が現れるように思える。

 生命の木とは、10のセフィロトという神を表すイメージと、22の小径(パス)、これはセフィロトを結ぶ経路のようなもので、つまり、10の神的存在と22の経路の意識状態からなる。合計32の変容状態がある。

 この生命の木は、素粒子物理でいう標準模型のように思える。

 弦というイメージを用いると、都合がいいのが、光の波と粒子の性質を同時に表現できる点にある。



 実際、世は無常といわれるように、静的なものなど存在しないが、人間が、分解や、破壊、接触を与えることで、記憶という断片化した静的存在を持ち込んでいるのである。

 この人間の更に究極的存在に言及するなら、自我となるだろう。

 自我は、絶えず、動的存在に対し、分解、破壊、接触を持ち込んで、記憶を構築し、安定した意識状態を確立する。

 しかし、それは幻想にすぎない。なぜなら、静的存在は、そのままでは存在しないからである。

 これは、静的な安定点、つまり幸福状態を求めるのと同じである。求めれば、すぐに破壊され、剥奪される。

 だから、自我を安定にもたらすには、静的な安定にしてはいけない。動的な安定点、それも点ではなく、軌跡でなければいけない。そう、変容の軌跡をなぞっていく感じだろう。 

 ここまで、エッセイ風に感じたまま書いてきたので、読んでいる人は、恐らくチンプンカンプンかもしれないが、考えるのではなく、感じてほしい。

 とどのつまり、自分一人が幸福感を感じても意味はない。人類全体が、深層意識の下でつながっているので、人類全体が幸福にならなければ、幸福へと絶えず意識変容していかなければ、誰一人として、幸福にはなれないのである。

 つまり、幸福になるには、自分ではなく、ほかの誰かを幸福にすることが近道なのだ。そうすると、幸福への意識変容が起こって、連鎖となり、幸福感が何倍にも増幅していくのである。

 幸福感をプロパゲーターとして伝播させることが重要なのである。





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Last updated  2009年02月07日 23時09分49秒
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