シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2009年09月03日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 次回から質問を考察する。後の講義でわかるように、質問のメモを提出してください。

 今回からは、これまでの講義で述べてきた事実を、更に具体的に、続けて述べたい。近代科学が人間に関して保持する「見解」(実は、見解というべき代物でもないが)について、人智学的研究から、考察するのは無意味である。

 現在の習慣や習性になった事柄からできるだけ逸脱しないように決意しても、同様に無駄に終わる。というのも、現状の知識的方向性においては、真理が、習慣となった事柄から非常に逸脱しているからである。

 真理は、現在の唯物的な教育から、極めて高度に逸脱した場所にある。だから、今日、真理を追求する者は、近代科学が全く馬鹿げていると思うような、多くの事柄を認知する勇気をもつ必要がある。また他方で、もし、真に治療を施したいのなら、人智学徒の集会だけでなく、他の場所でも、外界を基にして、慣習となった手法により、今日治療を施そうとしている人々とも交じりあう必要があるだろう。

 近代世界のいまの科学とも交渉する必要があるだろう。でなければ、自分たちが保持する真理を不安定なものに感じるだろう。

 今日(1924年)流行の考えは、地球上には70から80ほどの物質があって、引力と斥力があるというものである。これらの力は、ある原子量と類似の質量や電荷を通して働くものと思われている。幾多の理論的な自然法則が展開され、それに応じて、物質の組成法を見つけだそうとしている。また物質に起源する別の力を探して、人間をイメージするような幻像を構築している。

 しかし、本当は、形態や、成長と栄養の過程を維持する力においても、人間は地球の実質から発生する影響を被っていない。エーテル体を話題にしたとき、それが周辺の宇宙から地球へと流れ込む力の影響下にあることが理解できた。

 地球の実質から発生する力と、周辺から流れ込む力の、2つの力を考察すると、人体の各器官には、この2種類の力の均衡、調和が必要だと気づく。人間における幾つかの器官系統は、この均衡が確立される手法において、相当に異なっている。

 この観点から人間の頭部を考察してみる。最初に、次の事実に関心を寄せる必要がある。人間の脳は、明確な輪郭をもつ脳が脳脊髄液に浮いているので、その重量は大部分浮力によりなくなっているという事実である。脳は、脊柱を循環する脳脊髄液に浮いている。



 液体のなかでは、脳は浮力をうけ、そのため、その重量の約20グラムか30グラムだけが残る。この重さが、脳が下へと圧す重さである。もし、脳自身の重さで下を圧するなら、その下には、血管など存在できず、潰れてしまうだろう。

 重力という地球的な特質は、実際、浮力により、脳から取り去られている。人間が脳の下に生きることを可能にしているのは、重力という地球的特質ではなく、浮力、つまり重力に対立する力なのである。脳の場合、その地球的な重さは、せいぜい20グラム程度である。地球が人間の頭部に作用する引力は、非常に微々たるものとなる。

 この事実から、脳の地球的な特徴は消滅し、つまり、人間を組織する手法(自己組織化)のために、消滅するということが分かる。人間の組織は、地球的な力が消滅するような組成になっている。アルキメデスの法則は、人間に浮力について教えたが、必ずしも、専門的な考察が入っているとは限らない。

 現代人がその事実に気づいているかどうかには確信をもてないが、自分たちの唯物的知性にあった法則は認知し、合わない法則は無視していることは全く明らかである。重さが消えることに関して述べた事実は、人間の頭部やその内的構造全体だけに、あてはまるのではない。

 呼吸過程(プロセス)に関する、特別な考察の結果として、吸気と呼気の間に支配的な、ある種、静的な均衡状態の結果として、また別の同じ現象が生じる。人間が息を吸うとき、力が行使され、また息を吐き出すとき、その対抗力がやって来る。呼吸における、この吸気の力と呼気の対抗力の関係は、重力と浮力の関係に類似する。

 奇妙なことに、歩いているときも、頭部の脳は、静止したままで、浮力のために、脳は重たくない。そして、その内的の静止状態は、歩いているときも、変わらない。これは、歩くときだけに限らず、奇妙な様態で、大地とともに、人間が行う運動に特に言えることである。

 人間は、身体の余力で、運動に参与するが、脳では参与しない。脳に関する限り、身体の運動は鎮圧される。身体の余力と同じくらい急速に頭部を動かしても、脳は静止したままである。一時的に運動状態にある存在が、実は静止していると考えることは、重力を受けているものが実は重たくないと考えることよりも困難であるが、脳においては、その困難が成立している。

 人体内の組織を考えるとき、頭部は絶えず静止していると言える。全ての力が自己調整されている。下に向かって、僅かに、1500に対して20の割合で重力の引力がある。前方にも、非常に僅かな前進運動の力がある。しかし、本質的には、人体の運動は均衡されている。

 だから、人間の頭部は、その内的な実存において、自動車に静かに座し、車は前進しているが自分は全然動かないでいる状態とも言える。頭部の経験は、それが、均衡によって、重量をもたなくても、もったときの経験と同じである。人間が動いても、地球が人間とともに動けば、頭部は動かない。だから、頭部は、とても特別な器官である。

 というのも、頭部は地上で生起している事象から、自らを除外し、地上から追放するからである。地球は、頭部の活動には、少ししか参画しない。頭部はいわば宇宙のイメージである。その本質において、地球の力とは無関係である。脳の内部構造は、宇宙の力のイメージである。その形態は、地球の性質に由来するのではなく、脳内に作用する宇宙からしか説明できない。

 いま、相当、乱暴にしか話せないが、その意味は理解できるだろう。地球は、次のような程度でしか作用しない。それは、宇宙的な形成に押し入って、地球へと向かう傾向を人間へと挿入する。骨格を見れば、この事実をすぐに理解できる。頭蓋骨を取り去れば、宇宙のイメージそのものである骨格部を除去したことになる。



 頭部の、その覆いとなる頭蓋骨では、地球的な力から、宇宙が形成可能性を奪った形態をもつ。この頭蓋骨の形態は、宇宙のイメージである。このように、人体の様々な形態を研究すべきである。

 このように、人体の形態を研究し、頭部の内的な生命、いわゆる頭部の柔軟な実質や液体が静止状態にあり、この静止状態において、宇宙のイメージであることを知るとき、今日提示されている解剖学や生理学は、実際、真実とはほど遠い、ということに気づく。なぜなら、現代医学は、宇宙の様々な影響の存在を認知しないからである。

 宇宙の辺縁から発して、人体内へと流れる力については既に述べた。それらは、人間の頭部に四方八方から流れ込むが、これらの力が、月や太陽や土星に遮られるかどうかで、更に異なってくる。そこでは宇宙の辺縁からくる様々な力が、天にある惑星(天体)によって修正される。

 だから、これら様々な力が流れ込む源流の方向性に、意義がないわけではない。これらの力の流入は、その力がやって来る星座の位置に従って大きな修正を受ける。

(太古の占星術は、この宇宙の力が、人体に及ぼす影響を考察したものである。それがいつの間にか形骸化して、祈願や占いのような他力本願の確率論的予想に下落したのだろう。)





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Last updated  2009年09月03日 16時53分48秒
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