シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2009年09月29日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 意志が、夜、眠らないということに気づかなければ、それは、思考の活動による覚醒法しか理解していないからである。意志は、夜間眠らず、そのとき火の元素霊とともに働く。昼に使い果たされたものを回復するために身体に働きかける。

 このように人間には2つの極がある。観察やイメージ形成の人生と、意志の諸衝動である。人間は、この2極に正反対の関わり方をしているが、単なる2極ではない。魂の活動の総体は、この2極間の様々なニュアンスにある。ミクロコスモス的な魂の活動を、高次の世界として知る存在と関連づけることで、この魂の活動を理解でき、接近できる。

 これまで述べたことから、イメージ形成の活動が、魂の活動における一つの極であることが分かった。このイメージ形成の活動は、外的な、唯物主義的な精神の持ち主には、実在でないかのように思われる。例えば、次のような思考が表出されるのをよく耳にする。

 「イメージと思考は単なるイメージと思考の(仮想の)存在にすぎない!」

 この言葉は、パンや肉の一片を手に取れば、それは実在だが、思考は思考にすぎない、ということを暗示するものである。思考は食べられない、という意味である。だから思考は実在ではなく、思考に「すぎない」。

 しかし、なぜなのか? 基本的に言って、人間が思考と呼ぶ存在と、実際の思考との関係は、事物の影像(影響)と事物との関係と同じだからである。花の影像は、花を実在として指示する。思考も本来、同じ存在である。

 人間の思考はイメージ、高次の世界に帰属する存在たち、いわゆるアストラル界と呼ばれる世界の影像なのである。人間の頭部に思考を描くとき、自分に、イメージを表象することになる。そのとき、頭部には、高次世界の思考の影像があるが、この頭部の思考は、アストラル界の生きた存在たちとして思い描く必要がある。

 実に、変化に富んだ種類の存在たちが、人間に影像を投げ入れ、夥しいイメージと行為の形態が、そこでは働いている。これらの過程が、人間の頭部に思考として反映している。絶え間ない、思考の流れが、アストラル界から、人間の頭部の中に動いている。それらは、人間の頭のなかに思考の活動を確立する影なのである。

 思考の活動と呼べる存在と同じように、人間の魂の内部にはまた別の活動がある。通常の活動において、思考の活動と感情の活動は区別される(この区別は、正確ではないが、通常の活動の概念から得られる)。更に、感情は2つに分類される。快と共感の感情と、不快と反感の感情である。



 人間において思考として生じる全てがアストラル界を暗示するように、共感や反感と関連する全ては、低次の神界と呼ぶ領域を暗示する。イメージとアストラル世界の間に結合の線を引けるように、感情に関しては、神界や、天界を暗示できる。

 天界、すなわち神界における諸過程は、主に人間の胸部において、美しいものや醜いもの、善なる存在や悪なる存在に対する共感や反感として投影される。道徳的な美的世界の経験と呼べる存在において、人間は、魂のなかに天界、すなわち神界の陰影を担っている。





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Last updated  2009年10月05日 10時58分14秒
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