シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2009年09月30日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 人間の魂の活動には、善なる行為に対する単なる嗜好とは峻別すべき第3の領界がある。親切な行為を、傍らで目撃すると、愉悦を覚えることと、意志を行為にうつし、親切な行為を実際に自分で果たすことの、この2つの間には相違がある。

 いま、善良で美しい行為を喜ぶことや、邪悪な醜い行為に不快を覚えることを、審美的要素と呼び、人間を善行へと衝動する道徳的要素と区別する。道徳的要素は、純粋に審美的要素より高いレベルにある。単なる快や不快は、善か悪の行為をなす意志より低いレベルにある。

 人間の魂が道徳的衝動を表出するように迫られる感じがする限りにおいて、これらの衝動は高次の神界や、高次の天界の影像である。

 人間の魂の活動の、これまで述べてきた3つの別個の段階、

 つまり、 「1.純粋に知的な段階(思考、イメージ、観察)、2.審美的な段階(快や不快)と、3.道徳的な段階(善悪の行為をなす衝動に姿を現す)」 を、

 マクロコスモスという大世界に重なる3つの領域が、人間の魂の経験内部に投げかけるミクロコスモス的な映像として思い描くことができる。アストラル界は、思考の世界や、知的世界に影を落としている。神界は、快-不快の審美的領域に影を落としている。高次の神界は、道徳として影を落としている。

思考:アストラル界の存在たちの影像(覚醒)

共感と反感:低次の神界の存在たちの影像(夢)

道徳的衝動:高次の神界の存在たちの影像(睡眠)

 この真実を、人間の魂の2極に関して、以前述べた事実と関連づけるなら、知性の極を、目覚めた生、つまり、知的に目覚めている生の支配として経験しなければならない。覚醒時、人間は、知性に関して目覚めている。逆に、睡眠時、人間は意志に関して目覚めている。

 夜、知性に関しては眠っているので、人間は自分の意志で行うことを意識しない。道徳的原理と衝動と呼べる存在は、間接的に意志に働きかける。実際、人間は、思考の生を通じて吸収する道徳的衝動が効果的な活動に入れるように、睡眠時の活動を必要としている。

 今日、通常の活動においては、人間は知性の領域において唯一正しいことが実行できる。道徳的領域においては、それほど正しいことを実行できない。というのも、道徳的領域が、マクロコスモスから来る援助に依存しているからである。

 既に人間内部にあるものは、知性の更なる発達を引き起こせるが、もし、更に大きな道徳的な勇気を獲得したいなら、神々が助けに来なければならない。神的な意志に飛び込めるように、人間は睡眠におちいる。睡眠中、(人間の未熟な)知性は干渉できない。

 なので、睡眠中、神的な様々な力が、人間の受け取る道徳的原理を、意志の力に変容させる。そこで、神的な様々な力は、人間の意志に、もし、眠らなければ、思考でしか受け取れない道徳性(徳性)を注ぎ込む。

 この2極の中間、つまり、夜、覚醒している意志の極と、昼、覚醒している知性の極の間には、連綿と存在している審美的な鑑賞の領域がある。日中、人間は充分に覚醒していない。真面目で、知職的な個人だけが覚醒した人生のなかで常に過分に覚醒している。

 基本的に、人間は日中、実際、夢を見る必要がある。覚醒時に、常に少しばかり夢を見る必要がある。芸術や詩歌など、粗雑な現実に全面的に関わらない何らかの活動に自らを委ねる必要がある。自らを委ねることができる人々は、実存の総体を、賦活化し、活性化できる絆を形成する。そのような思考に自らを委ねることは、夢が、覚醒時の人生に浸透することに、ある程度似ている。





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Last updated  2009年10月05日 11時18分35秒
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