シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年07月29日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 シュタイナーの講義を読んでいると、

 古代人は、非常に家族意識が強い道徳や秩序を重んじる精神性をもっていたことがわかる。

 例えば、「病人の衣服の一部を墓場に埋めると、魔法の力が生じて、病人が治癒する」というような迷信が残っている地域がある。

 それをそっくりそのまま信じるのは、ある種の宗教か、馬鹿だが、本来、それは迷信ではなかったという。

 確かに、そのようなことを実際に行ってみるような恥ずかしい現代人はいないだろうし、科学的といわれる現代の視点から解釈すると、理論的にも、そんなことが起こるはずはなく、単なる迷信になる。

 ではなぜ、迷信ではないのだろう。

 そのようなことを誰かが昔行って、たまたま治っただけなのだろうか?

 実は、病人を助ける必要があるために、人間の助け合い、思いやりを育てるために、古代の村長が考え出した知恵であるという。

 古代では死者が尊敬されていたという。死はあらゆる人において平等なので、死を迎えることは、人生最高の出来事で、秘儀参入者が、死者の世界を覗けたように、死に参画することは古代人にとっての栄誉だったという。



 そこで、亡くなった人をすぐに忘れないように、記憶に残すために、死者の形見を残して、そのような形見から、常に故人をイメージ思考することで、病人や弱者に対する思いやりを育てたという。また同時に秘儀参入法の切欠にもなったのだろう。

 例えば、日本の通夜の寝ずの番などは、死後の世界に参入する、銅の意識への秘儀参入法に非常に近いものがある。つまり通夜は、古代では栄誉ある儀式だったが、いまでは形骸化してしまっている。

 喪に服すというのは、死者とともにあの世に行っている期間なのだろう。だから、この世の人には挨拶を控えるわけである。この世の人生をまっとうする、つまり課題を果たす前に、あの世から挨拶をするのは、神々の用意した運命に対する配慮に欠けるわけである

 古代とは異なり、現代では、苦労の多い福祉の仕事は、誰もが嫌がる職場だが、誰かがやらなければ、人間の尊厳や人権が奪われ、社会秩序が乱れてしまうわけで、その嫌なことを自ら背負うことに、その人の精神性の高さを感じるわけである。

 古代の霊能者は、精神のオーラがみえたので、精神性の高さを表す色彩、例えば、黄金色や菫色や紺色、輝く白色のオーラが、そのような人の衣服にみえたのだろう。古代人は裸なので、衣服はない。

 医師の白衣は、外科の散髪屋からきているというが、それだけではないと思う。宗教者の衣服も同じであろう。つまり、オーラである。それが形骸化して衣服になっているのである。だから、現代は、オーラが暗黒の色なのに、白衣を着ているという矛盾した世界となる。

 そのような精神性の高さ、気概さが失われ、嫌なことは誰かに任せ、自分は好きなことばかりするというのが、現代人の獣性を生んでいるわけである。自分でできるのに、やろうという自立した意志に欠け、基本的知識さえも他人に聞くような人間というより、家畜のような人が増殖している。

 そして、自分の無知のせいではなく、全てを社会や、世の中のせいにする。

 社会福祉がどれだけ発展しているかで、人間の精神性が、ある程度推し量れるだろう。社会福祉を金儲けの道具にしているようでは、獣の精神性に堕落しているといえるだろう。

 いま人類は、非常に深刻な時期にきている。






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Last updated  2010年08月06日 16時56分17秒
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