シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年10月15日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 最も重要なことは、月の秘儀とそれに関連する全てに浸かった古代の秘儀参入学を超越し、隠された秘儀参入者の認識を実り多きものにするため、自然科学の成果(この講座では、自然科学による知性的な征服まで言及しているが)が利用できるときに、唯一到達できる魂の内(精神)的状態を発達させる、ということである。

 他方、同様に重要なのは、夢遊病者、もしくは霊媒師が、トランス状態で元素霊に取りつかれるとき、エクトプラズムという形態の中で生じている事実、を確かめるために行われる生半可で混乱した実験を、特別な秘儀参入の探求の場にかえる、ということである。

 というのも、上記の2つの方法(道)は、本当は同一のもので、つまり、無意識な夢から、意識的な夢への現出が必要であり、意識的な夢の現出は、自然科学が、鉱物(物質)的側面において唯一知り得る外界への意識的な理解から生じるからで、いわゆる心霊研究が提案する方法は、生半可な探求であるからである。

 科学の時代に生きている現代人にとって重要なのは、精神的探求において、上記の方法(道)を追求し、無意識な夢の世界の対極にある別の世界(意識的な世界)を精神的に探求する、ということである。 

 夢遊病者や霊媒師や、秘儀参入は、日常の生活では見られない異常現象である。夢遊病者や霊媒師等の筆記や動作、会話や味覚は、通常の人間のものではない。それは、アストラル体と自我が、肉体とエーテル体の外にあり、(本来の自我に)捨てられ、宇宙(あの世)の影響下に、肉体とエーテル体が置かれていることによる。

 霊媒や夢遊病等の異常現象の出現時には、通常の自然の働きを反映した物質的、もしくはエーテル的な顕現ではなく、精神世界から進出する存在に直面する。

 というのも、結局、霊媒師自らが指示を出しているのか、もしくは、霊媒師が何らかの星座、天候、金属の影響を、エーテル体の中に受容し、その影響下にあるか、ということが区別できないからである。 

 霊媒という乗り物が、魔術的目的のために精神的存在(元素霊)の用途に供されている、ということを心にとどめておく必要がある。



 上記の精神的関連を調べる必要がある。霊媒師や夢遊病者が生じさせる現象と、その背後にある精神的な基礎を観察する必要がある。 

 霊媒師や夢遊病者を通して示される、憑依現象は、他の霊媒的な現象とも関連している。霊媒師がトランス状態において、人間的、あるいは宇宙的な影響下で、ある行為を行うとき、つまり、肉体やエーテル体がある行為を遂行するとき、それは人間を病気にする有毒な植物の中で生じているプロセス(過程)とは、一時的とはいえ、別の要因により決定されているが、同様のものとなっている。

 霊媒的、或いは夢遊病の状態の中で示されるのは、外見的、かつ一時的な病気という仮面を被っている。

 ある観点から言えば(この観点に関しては次の第10講義で詳細に議論する予定だが)、霊媒や夢遊病の現象の中に見ることができる(必ずしも見る必要はないが、常に見ることは可能)特徴は、病気の中でも生じることで、それは、その病人の自我とアストラル体が何らかの異常な形で、ある器官から、或いは身体全体から立ち去り、別の精神的存在の影響により置き換えられている、ということに要因がある。 

 太古の時代では、上記の霊媒や夢遊病と病気の関連に気づいていたので、秘儀は常に治療と関連していた。そして、太古の人々は、今日ほど詮索好きではなかった為、霊媒や夢遊病者に興味を示す必要性を全く感じなかった。

 というのも、霊媒や夢遊病者の行為は、病気と同じ状態で、よく知られたものだったからである。霊媒や夢遊病者のような出来事は、医学的な観点からのアプローチがなされたが、このアプローチは、現代人が再び獲得すべき立場である。 

 自然現象や自然科学を通じての中途半端な方法で、精神的存在にアプローチする、間違った方法も正しい形に修正して追求しなければならない。全ての現象、特に人間や動物の病理的な状態を通じて表現される全ては正しい見通しの下に再び見直されるべきである。

 そのときはじめて、心霊研究協会が探求を望むような現象を調べることができる立場に立つ。 

 そして、いま(1924年) この研究分野は人智学協会によって開かれた。病理的な現象の研究に際し、その病理的現象を通じて、精神世界への扉が開かれるような形で、研究を行うことが可能になった。

 このような研究が可能になったのは、イタ・ベークマン医師と共同で、この研究分野を、心霊研究からは無視されてきた正しい道筋に沿って発展するように努力してきたからであり、また、イタ・ベークマン医師が、有能な医師としての知識だけでなく、医療上の所見から精神(霊)的な洞察をも併せ持ち、またそこから真の治療へと直接に導くだけの先験的な治療の才能をもっていたからでもある。 



 人智学徒の努力の末に、多くの偽りの方法(道)とは、はっきりと区別される真の方法(道)が、全ての人々に示されることになるだろう。そして、ベークマン医師との最初の共著により、踏み出すべき第一歩がいまここに示される。

 このような関連から、指摘すべきことは、真の方法(道)と偽りの方法(道)との違いは、例証を挙げることで端的に示される、ということである。

 以前、精神の領域を再び自然科学の領域(分野)に結びつけるような芸術的な方法(道)を見つけ出すべきである、ということを述べた。今、付け加えるべき方法とは、自然現象に関する探求と関係する正しい方法(道)であり、すなわち人智学の方法(道)を最初に探求してはじめて、芸術に向かう正しい方法(道)を見つけ出すことができる。それは、現代文明のおかれた状況から本質的なことである。

 というのも、人類は特に病理現象の発生の中に見られる精神的存在の活動を確信できてはじめて、つまり、精神が物質の中で作用し、自らを示す事実に関する明白な証拠があるときにはじめて、芸術の中に、精神が活発に浸透している、ということを認識するが、今日(1924年)の芸術という分野において、人類は、以前述べた橋を架ける状況とは、いまだ程遠い段階にいるからである。



 次回は、自然界における精神の活動について、更に詳細に述べる。

 (シュタイナーは、精神的存在を、物質的に解釈しても無意味というわけで、それは、芸術的に解釈すべきであると提案している。

 この観点は尤もなことで、例えば、自分の感情を物質的に表現する位陳腐なことはない。第一、自分の感情を、外からそのまま捉えることができないからである。

 しかし、現代は、恐るべきことに、人間の感情さえも、貨幣に換算しようとしている。つままり、悪魔の策略に嵌ってしまっているのである。魂を悪魔に売り渡してしまっているのである。カネが入ればうれしいという気持ちが、これに該当する。貨幣の奴隷となってしまっている。) 





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Last updated  2010年10月22日 11時17分12秒
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