シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年11月08日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 もう少し話を進めて、現代科学の原則に堅固に基づきながら、人智学的な思考にも注意を払い、受容的だが、人間全体を考慮に入れることは学ばず、第10講で述べた形で、個々の(霊的な)器官だけを考慮する人間の場合を取り上げる。

 秘儀参入の過程の中で獲得された(霊的)器官に関する知識を通して、誕生と死だけでなく、全く異質な存在をも意識するようになる。この(霊的)器官に関する認識の下では、誕生と死は、通常の重要性を失う。というのも、死ぬのは人間という身体全体であり、個々の器官組織ではないからである。

 例えば、肺は死なない。今日(1924年)の科学がぼんやりと気づいている事実は、人間という全体が死んでも、個々の器官組織はある程度賦活できる、ということである。埋葬、火葬に限らず、個々の器官組織が死ぬことはない。

 各々の器官は関係づけられている宇宙領域へと向かう道(経路)を辿る。地下に埋められても、各器官は、各場合に応じて、水、空気、熱を通って、宇宙へと向かう道を見つける。実際には、各器官組織は解体されるが、消滅するのではない。消滅するのは全体の1つの人間だけである。

 従って、死が意味を持つのは全体としての人間に関してだけである。動物では器官も死ぬが、人間では、宇宙へと解体される。人間の各器官は急速に解体される。埋葬はゆっくりとしたプロセスで、火葬は、それよりもはやいプロセスで、解体へと向かう。

 秘儀参入者は、個々の器官が無限へと向かう道、すなわち各々が器官自身の領域へと向かう道を辿るのを追求できる。各器官は無限の中に失われるのではなく、第10講で述べたような力強い宇宙的な存在形態に還っていく。

 このように、秘儀参入の意識で、各器官を観察するとき、死に際し、各器官に起こる出来事を、つまり、各器官が、各自属する宇宙領域へと流出していく様を見る。心臓は肺とは異なる道に、肝臓は肺や心臓とは異なる道を辿る。

 各器官は宇宙全体にばら撒かれる。そして、宇宙人間が現れる。つまり、宇宙人間を宇宙に組み込まれた真の姿で見ることになる。そして、この宇宙人間を通して、参入者は、例えば、次の転生へと継続していく受肉の源泉について意識するようになる。

 前世の地上生が、現在の人生へとカルマ的に巡ってくることを、再度明確に意識できるようになるために上記の秘儀参入者のような霊視が必要とされるが、霊視は起源を、人間全体の中ではなく、幾つかの器官の(霊的な)知覚の中にもっている。



 そのような存在の実体は、ときには、最もグロテスクな名で呼ばれた。つまり、月の道を通じて精神世界にアプローチする偽の方法では、そのとき接触している受肉した存在が、霊媒自身なのか、それとも別の存在なのか、あるいは、何者なのか、判断できなかった。

 従って、精神世界は昼の中に招き入れられた月意識の領域と関連しているが、金星衝動の流入によって、この月の視界が失われ、秘儀参入者は、精神世界をその全体性において眺めることになる。

 しかし、精神世界は、本来、物質世界のように明確に規定された境界をもつ世界ではない。金星領域において、全体人間の世界的な状況、宇宙的存在としての人間の立場に、はじめて気づくようになる。

 けれども、上記との関連から、人智学徒は、悲劇的な現実に気づく。というのも、もし、人間が、この地上で、(宇宙人間同様に)完璧な物質的存在でさえあったなら、究めて有徳であると同時に素直で、そして高貴な存在であったはずだからである! 

 通常の意識では、死について、ほとんど探求ができない(死については常に、以前指摘したような意味で理解できるが)のと同じように、通常の意識という手段では、悪人の正直そうな顔から(偽善者顔をする)、悪事を見抜くことはほとんど不可能である。

 悪人になることができるのは全体人間(宇宙人間)ではない。現在のような外皮、つまり人間の皮膚は高貴で善良だが、個々の器官を通じて悪人になる。つまり、悪の可能性は人間の器官に存在している。

 上述した事実から、人間の器官とそれに対応する宇宙領域との関係、或いは悪への強迫観念の起源が、どの領域にあるかを理解できるようになる。つまり、基本的に、ほんの僅かでも、悪が現れる処には必ず強迫観念が根底にある。

 全体人間(宇宙人間)に関する知識から、第1に、誕生と死が明らかとなり、第2に、人間という生命体に関する知識から、宇宙に対する関係や、健康や病気、すなわち悪が明らかになる。

 そして、人間器官学を通して、宇宙人間を眺めることができるとき、ゴルゴダの秘儀を成就させた存在を、初めて経験として、精神(霊)的に知覚できるようになる。というのも、キリストは、宇宙人間として、太陽からやってきたからである。

 キリストは、ゴルゴダの秘儀成就の瞬間まで、地上の人間ではなく、宇宙的な姿(形態)をとって、地球に接近した。もし、当初、真の姿で、宇宙人間を理解する準備ができていなかったら、キリストを認識できなかっただろう!



 (シュタイナーは、イエスとキリストは別の存在と述べている。イエスは、キリストに肉体を提供した存在で、だから聖杯と呼ばれ、キリストは、聖杯に受け取られた聖火、すなわち鳩等の鳥で象徴される。

 イエスは、ノア-ゾロアスター-モーセ-ヘルメスと受け継がれてきた叡智を宿して、聖杯となったという。その経緯が秘儀として、聖杯伝説となり、叡智を受け継いで秘儀参入学を実践しているのが聖堂騎士団である。イエスが、聖杯となり、キリストを受肉したのは、ヨルダン川でのヨハネの洗礼によるという。

 つまり、イエス=キリストになったのは、憑依で、日本人なら、「ウルトラマン」をイメージすればよくわかる。イエスが、常に、父と呼んだのは、キリストのことで、太陽神である。

 十字架刑に架かり、イエスが最後、「父よ、なぜお見捨てになるのですか」と述べたのは、キリストがイエスと分離したということを表している。肉体を捨てたという意味である。

 だから、キリストの復活も、肉体上ではなく、シュタイナー曰く、エーテル体上でのことである。霊魂は死なないので、復活というより、イエスの地上での経験を、キリストという存在に刻印したと言ったほうがわかりやすいだろう。



 つまり、人類進化計画が、地球のウイルス感染で危うくなったので、太陽の中枢のキリスト自らが使者として、地球上で、いまだ感染していないイエスにアクセスして、ウイルス対策ソフトをつくり、それを伝播し、人類進化計画を調整したという感じだろう。

 コンピュータでいえば、宇宙人間というのは、宇宙全体の情報からなる存在といえ、つまり万能サーバーで、地上の人間は、端末やパソコンのことになる。)

 このように、上述の真の方法(道)が、精神世界に向けて、つまり、誕生と死、人間生命体の宇宙に対する関係、悪の認識やキリスト、すなわち宇宙人間に関する知識へと導くことがわかる。全てを理解できるようになるには、それらが様々な側面で、互いに支え合っている事実を示すような形で提示できるときである。

 精神世界への参入法(道)を見つける為の最良の方法とは、上述の理解と、そして、理解した事実を瞑想することである。瞑想自体を目的とする他の原則は、付随的な役割を果たす。現代人にとっては、これまで述べてきた意識的な方法が精神世界への正しい参入法(道)である。

 他方、意識において、正常なプロセスを維持し、その利用に失敗する他のあらゆる方法、例えば、霊媒術、夢遊病、催眠術等々のトランス状態を用いるような全ての試み、意識では理解できない世界事象について、現代の自然科学を戯画化した方法での探求等は全て偽の方法(道)である。何故なら、偽の方法は真の精神世界に導かないからである。

 (偽の方法は、悪の精霊、悪霊の世界に入ってしまう。つまり、人間が進化する道、宇宙計画から逸れてしまう。逸れてしまうと、いまの悪霊のように、次の人類に寄生して存在するしかない。主体性を失う。悪の世界は、全体の宇宙進化計画から自ら外れた連中であるという。)





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Last updated  2010年11月15日 09時38分42秒
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