シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年11月10日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回ので、人智学的な正しい秘儀参入法の講義は終わったが、簡単に要諦をいうと、俗に「病は気から」というように、病気は、人間の精神に起因し、精神のバランスが重要で、その精神のバランスを知るには、正しい秘儀参入法、つまり精神世界を知る必要があるということになる。

 正しい秘儀参入法とは、物質的な実験によらない、自身の覚醒意識の探求法である。哲学的にいうなら、結局、「汝自身を汝自身により知れ!」ということになる。

 つまり、病気というのは、汝自身に起因し、汝自身の振る舞いにあるので、汝自身を意識的に知る良い機会である、という意味に還元できる。

 だから、常に、自身の行いが周囲にどのような影響を与えるのかを、意識的に考察しなければいけないことになる。

 バックミンスター・フラーは、自分を、実験道具として、モルモットBと呼び、自分を自分で実験し、その体験を記録した。フラーの試みは、物質的だが、精神的にこれを行うことで、自らの精神を進化させることができる。

 そのような行為を述べているのが、グルジェフであろう。

 従って、続けて、シュタイナーの講義から、人間の精神が、いかに進化してきたか、を知るために、人類の精神の歴史的進化の講義を現代的に要約していきたい。

第1講

 今回の連続講義で、地上の人類の進化に関する展望を示したい。現代人を益々親密に、意識強化に通じていけるような展望である。

全ての文明にとって重大極まりない出来事が準備されているともいえる現代にあって、深く考える人間なら、本質的に次のような問いを投げかけるだろう

「長い進化から、どのように生じて、人間の魂(精神)が現在のような形、つまり現在のような状態になったのか?」 という問いである。

 というのも、 現在存在するものは、過去から、実際、どのように生じてきたか、 を理解することで理解できるからである。

 さて、とはいっても、現代では、人類の進化については、偏見に支配されている。まず、次のように考えられている。

 「歴史上、全時代を通じて、人間の霊‐魂(精神)的生活に関しては、本質的に今と同じようなものであった。また、狭義の科学との関連から、古(いにしえ)の時代、人間は幼稚で、空想的な存在を信じていた、そして、最近になってようやく人間は科学的な意味で賢くなった。」

 狭義の科学を度外視すれば、今日の人間がもつ魂の状態を、古代ギリシア人も古代東洋人も、おしなべて既にもち、多少、細部において、魂的生活の変遷が考えられるにしても、全体としては、全ての史実を通じて、本質的に今日と同様だったと、現代人は考えている。

 つまり、先史の時代まで、歴史的な生活を遡ると、当時の人間は、正しいことを何も知らなかった、と言われる。更に時代を遡ると、当時の人間は、まだ動物のような姿(サル)だった、と言う。

 つまり歴史を遡っていくと、魂の生活(精神)は、ほとんど変わらないものとされ、その考えに次いで、ぼやけた霧のような微少な存在(微生物)の時代、そして、動物のような不完全な人間の時代、更に、いくらかマトモな猿(類人猿)のような存在、という風に進化を示してきた、と考えるわけである。

 今日(1923年)、通常、上記のように描写される。しかし、この描像は、極端な偏見に基づいている。

 というのも、古代人と現代人との間に精神的な違いがない、というような想定をすることで、現代から、比較的古くない時代、例えば、11、10、9世紀の人間と、現代との間に対する大きな差異、或いは、今日の人間と、ゴルゴタの秘蹟が生じた同時代の人々や、当時の古代ギリシア人との間に対して、魂の状態(精神)にどれほど大きな違いがあるか、を認識する努力を怠っているからである。

 さらに、古代ギリシア文明を一種の植民地(コロニー)、後の植民地としていた古代東洋の世界へと遡ると、現代人の魂の状態(精神)とは全く異なる魂の状態(精神)のなかに参入する。



 つまり、現代の意味での植民地は、物質的搾取から貿易で富を築くが、古代での植民地は、精神的な宗教等の布教から、文化を築くことを意味するのだろう。現代でいえば、観光産業に近い。

 だから、古代では、宗教的闘争になり、現代での闘争は、表向き、宗教が関係するが、本当は、物質資源の獲得にある。宗教を否定する共産主義が出てきたのは、物質資源獲得が目的であることを物語っている。)

 これから、凡そ1万年、ないし1万5千年ほど前に、東洋に生きていた人間が、古代ギリシア人とも、また例えば、現代人とも全く異なった状態(精神)であったことを、実例を挙げて示す。

 現代人の魂(精神)の眼前に、現代人自身の魂の生活(精神)をイメージしてみる。現代人の魂から何かを取り出すと、何かを体験する。

 現代人は、自身の様々な感覚、あるいは人格を通じて、体験に関与するが、この体験から、現代人は、理念や、概念、更にイメージを形成する。



 さて、ここで、その過去の知覚体験が、実際、何に基づくかを、正確に捉えてみる。

 例えば、10年前に何かを体験する。例えば、10年前に、ある人たちのパーティーに出かけ、参加者1人1人の顔等のイメージを得るとする。参加者が自分に話しかけたことや、一緒にしたこと等を体験する。

 その体験全ては、今日、像として、自分の前に現われてくる。それは、10年前の出来事に関する、自身の内的な魂の像である。そして、科学的想起だけでなく、今日では非常に弱々しい体験だが、確かに存在する普遍的な感情に従って、体験を再起させる記憶イメージは、人間の頭部のなかに存在している。

 頭には、体験の記憶が現存する。

 さて、ここで人類の進化を大きく跳躍しながら遡ってみる、そして古代の東洋の住人たち、今日の歴史で描かれる中国人、インド人、その他は本質的には、その後裔だが、このような人々を眺めてみる。つまり、実際に何千年も遡るわけである。

 古代人に目を向けてみると、その生活から、当時の人間は、外(物質)的生活のなかで経験し、行なったことに関する記憶は、頭のなかにある、とは言わなかった。

古代人は、現代人のような内(精神)的体験をもたず、古代人にとっては、内(精神)的体験は存在しなかった。古代人は、現代人のように頭のなかに思考も理念も持っていなかった。

 今日、現代人は様々な理念、概念、イメージをもっている。歴史上、いつの時代にも、常に、(精神的には)現代人のようであった、と思うのは現代人の皮相さである。実際は、大きな差異があった。





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Last updated  2010年11月20日 10時01分12秒
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