シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年11月18日
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カテゴリ: 神秘体験空間
第2講

 第1講で述べた事実から理解できるだろうが、地上の人類進化の歴史的経過について正しく洞察できるのは、異なる時代に存在した、全く異なる魂(精神)の状態に関わり合うことによる。

 更に第1講で、本来の古代の東洋、いわゆるアジアの進化に言及し、古代アトランティスの民族の後裔がアトランティスの大災害の後、西から東へと、徐々にヨーロッパの道を辿って、アジアに定住するようになった時代を示唆した。

 この民族を通じて、アジアでは、リズム的な体験を慣習とするような心の状態が強く影響するようになった。はじめは、古代アトランティスで完全な形で存在していた場所化された記憶の明瞭な余韻が認められていた。次いで、東洋の進化の間に、リズム的記憶への移行が生じた。そして、第1講で示した通り、ギリシア進化とともにようやく、時間的な記憶への飛躍が始まった。

 しかし、本質的なアジアの進化(というのも、歴史では、既に退廃的状態を記述するのみだが)は、後の現代人とは、全く別種の人間の進化であり、外(物質)的な歴史上の出来事といっても、古代では、人間の心情のなかに生きていた体験に左右される割合が、後の時代よりも遥かに大きかった。

 古代、人間の心情のなかには、宇宙人間(全体人間)が生きていた。古代人は、今日のような分離された(個人となった)魂、思考生活を知らなかった。頭の内部の事象との関連を、もはや全く感じられないような現代人の思考を知らなかった。

 古代人は、血液の循環と関連しない現代人の抽象的な感情を知らず、頭の中の事象として同時に内的に体験するような思考や、呼吸や血液のなかの循環リズムのなかに体験するような感情だけを知っていた。古代人は、分離されていない統一された全体人間を体験し感じていた。

 しかし、全ては、世界、すなわち万有宇宙(コスモス)との関係、いわゆる宇宙における霊的及び物質的な人間の関係が、後の時代とは全く異なって体験されていた、ということに結びついている。今日の人間は、地上の田舎、もしくは都市で体験する。

 現代人は、田舎では、森や河や山に囲まれ、それを眺め、都市では、外壁に囲まれている。現代人が宇宙的-超感覚的存在について語れる対象は存在しない。現代人はいわば、宇宙的-超感覚的存在を抱かせる領域や、その対象を指し示す術を知らない。



 古代人の周囲には、3つの自然領域に含まれる階層、山や河、その他が含まれる階層があるが、同時に、霊と密に混じり合い、人智学的表現でいうなら、「霊が流れ込み、霊に織りなされていた。」

 そして、古代人は以下のように述べた。

「私は、山と共に生き、河と共に生きている。同時に私は山や川の元素霊たちと共に生きている。私は物質領域に生きているが、この物質界は、霊的な領域の肉体である。私の周囲には、最下層の霊界がある。」

 古代人にとって、地上の領域は最下層にあった。人間は、この最下層で生きていた。しかし古代人は次のような像(イメージ)を思い描いた(下図参照)。

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 最下層の領域(明色[hell])が上に向かい途切れる境界で、その上の層が始まり(黄赤[gelb-rot])、その上の層へと移行していく境界から、更にその上の層(青[blau])が、そして最後に、人間の精神(霊)が到達し得る最上層(オレンジ[orange])が続くというような像(イメージ)を思い描いた。

 そして、人智学的認識として慣例化している命名法に従い、この領域を名づけるなら(古代東洋の生活では、別の名称だったが)、上層は、セラフィム、ケルビム、トローネの第1ヒエラルキア(位階)、続いて中層は、キュリオテテス、デュナメイス、エクスシアイの第2ヒエラルキア(位階)、そして下層はアルヒャイ、アルヒアンゲロイ、アンゲロイの第3ヒエラルキア(位階)となる。

 さて、最下層は、人間の生きる場の第4の領域で、今日では、現代人の認識に合わせ、その対象としての自然や、自然の経過が配置されているが、当時の古代人たちは、この同じ最下層の領域で、水や土の元素霊たちが、自然の経過と自然の事物を貫き、織りなしているのを感じていた。そして、この最下層がアジアだった(上図参照)。

 (アジアの信仰に、アニミズムの精霊信仰が多いのが、この話から、よくわかる。多神教と一神教というわけ方をする学者がいるが、このような学者は神秘学的には無知、盲目である。

 宇宙は階層構造になっているわけで、人類だって、人類という種一つで呼ぶこともあるし、個々の人間を考え、多種と呼ぶこともある。つまり、自らの立ち位置や、見方によるわけである。

 例えば、遠くからみれば、雲にみえるものでも、近づいてみると、複数の水滴であるように、神的存在を多と一で分類するのは無意味である。そもそも、神的存在をみる自分の意識を問題にすべきである。)

 アジアとは、人間の生活の場であった最下層の霊的な領域を意味していた。けれども、現代人の日常の(覚醒)意識の為にある、今日のような通常の見方は、古代の東洋の時代にはなかった。古代の東洋の時代に、古代人が、霊的でない事象を想像する可能性があった等と考えるのは全く馬鹿げた発想である。






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Last updated  2010年11月27日 01時37分54秒コメント(0) | コメントを書く
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