シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2010年11月20日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 そして、秘儀に参入した人々、つまり秘儀参入者は、更にまた別の意識状態を獲得した。では、これはどのような意識状態か?

 それは驚くべきもので、当時の秘儀参入者たちが、どのような意識状態を獲得したのか、という問いに答えるなら、その答えは、今日現代人が日中常にもつ意識状態である。

 現代人なら誰もが、生まれて2、3歳の頃に、自然な形で、この意識状態を獲得する。古代の東洋人は、この意識状態に自然に決して到達することはなく、意図的に、この意識を育成しなければならなかった。古代の東洋人は、この意識を、覚醒時の夢の状態から育成しなければならなかった。

 この覚醒時の夢状態で動きまわっていたとき、古代の東洋人は、今日現代人が、明瞭な輪郭をもつ対象物として見る存在を、多少とも、象徴的にだけ与える像として、様々な場所に見ていた。しかし、他方で秘儀参入者たちは、今日の現代人が通常意識で、毎日見ているように事物を見る意識まで到達していた。

 当時の秘儀参入者たちは、この発達させたばかりの(覚醒)意識を通じて、今日の小学校で、生徒が学んでいる内容を学ぶような状態に達していた。今日との違いは、内容が異なっていただけではなかった。とはいえ、今日のような抽象的な活字は当時、まだなかった。

 文字は、今日よりも、宇宙の事柄や経過に親密に関わり合う特性を示していた。けれどもともかくも、読み書きを学べたのは、古代では秘儀参入者に限られた。なぜなら、読み書きを学ぶには、今日の、自然に獲得できる知性に即した意識状態だけに可能だからである。

 つまり、古代当時そのままの古代の東洋世界が、今日、何処かに再び出現し、今日のような魂の現代人が、この古代東洋の世界を観光するなら、当時の古代人にとって、現代人は全員秘儀参入者になるだろう。

 古代と現代の違いは内容に関係するだけではない。現代人は秘儀参入者だが、秘儀参入者だと古代人に知られた瞬間、可能な限りのあらゆる手段で、その土地から追い出されるだろう。なぜなら、当時の人々は、秘儀参入者が、今日の現代人が、至極当然に知るような物事を知ることが許されなかったからである。

 例えば、当時の見方を次のようなイメージで特徴づける。当時の人々の見解に従えば、今日の現代人のような読み書きは許されなかった。



「この人は書くことができ、何かを意味する記号を紙に書きつけている。しかも、書きながら、それを意識していない。書くという異常な行為をしながら、書くという行為は神的な宇宙意識の委託を受けた状態でのみ許される、という意識が内部にないというのは、非常に悪辣極まることである。」

 (日本の奥深いムラの意識を彷彿とさせる。都会的行為に対し、恐れ多い、罰が当たるというような感覚だろう。つまり、古代人にとっては、日常にない行為は、神の行為を委託され、許された一部の祭祀階級の人のみが行うべきであるという慣習なのだろう。

 日本の天皇が、国民に対し、上から手を振る行為を、ある芸能人が真似て問題になるような感覚といえる。俗にいう「上から目線」のような類か?)

「何かを意味する記号を紙に書きつけてよいのは、手や指の中に、神が働きかけ、神が魂のなかで作用している場合で、だから魂が、記号の字母の形を通じて、自らを顕現するという意識が存在しているときに限られるが、そのような意識がないとは、極めて悪辣である。」

 内容の違いだけでなく、自分の行為が周囲にどのような影響を与えるか、という事態の捉え方が、内容的には同じ現代人でも、古代の秘儀参入者と全く異なっている点である。

 著作『神秘的事実としてのキリスト教』を読み返せば、冒頭すぐに、古代の秘儀参入者の本質とは、本来、上記のような点にあったことを示唆していることがわかるだろう。

 そして、宇宙の進化においては本質的に、常に、後の時代に自然な形で、人間のなかに自然に成長し獲得されるものは、それ以前の時代には秘儀参入により獲得されなければならない。

 上記のような事実を述べることで、先史時代の進化段階だった古代東洋の心情の有様と、後になって文明のなかに登場してきた現代の心情との根本的な相違が感じ取れるだろう。天の最下層をアジアと呼び、アジアという名の下に自らの土地と周囲の自然を理解していたのは、現代とは心情的に異なる別の人類である。

 天の最下層がどこにあるかを、当時の人々はよく知っていた。今日の観点と比較すれば、現代人が、自身を取り巻く環境を、天の最下層とみなすことは、ほとんど無きに等しい。大抵の現代人は、周囲の環境を天の最下層とみなすことができず、最下層の上の天も知らない。

 (シュタイナーの観点は、勿論、宇宙に対する現代の物質的観点も肯定しているが、それは外的なもので、問題は、人間の魂の内的観点を重大視しているところにある。

 現代科学では、宇宙が階層構造を帯びていることがわかっているが、シュタイナーの観点では、人間の魂も階層構造になっているといいたいようである。



 外の物質的事象は、内的な探求のための切欠を与え、内的な探求の補完と考えられる。外の日々の事象から、内的探求、つまり内省や内観が求められる。)





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Last updated  2010年12月01日 10時39分03秒
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