シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年01月04日
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カテゴリ: 神秘体験空間

今年もよろしくお願い致します。


 さて、今年の干支は、辛卯(かのと・う)です。この干支の解説については、安岡正篤著の「干支解説」等を学べば誰でも理解できます。理解できなくても、先の60年前(1951年)の出来事を調べれば、比較できるでしょう。

 端的にいえば、世の中の価値観が180度変わる年といえるでしょう。その兆しは昨年既に現れています。人気のある者の人気がなくなり、それまで人気のなかった者が、人気者となってきました。

 世界的にいえば、先進国ではなく、第3の後進国といわれる国の勢力が増し、先進国と対等以上になるということになります。昨年、すでに中国の経済的な勢力が台頭してきました。欧米を中心にした先進国は、自分たちの権益が失われることに対する恐れや不安を抱き、そのツケが、先進国に従属する小さい国にも多大な影響を与えています。

 自分たちの権益を手放したくない者は権力を使って阻止するでしょうが、大きな時代の流れに背くだけで、その罪は刈り取られるだけでしょう。物質世界の時代は終焉を迎えることになります。

 金持ちが貧乏になることは、これまでの概念でいえば不幸ですが、来るべき霊性の時代では、なかなか受け入れがたいものですが、幸福なのです。なぜなら、価値観が180度転換するからです。

 抵抗するだけ、自らが墓穴を掘って、益々奈落の底に落ちていきます。価値観が180度変われば、プラスの方に進んでいるつもりでも、かえってマイナスになるからです。一方向に進めば進むほど、逆転すれば、道に迷い、中心へと帰り、戻るのが大変になります。特に政治家や官僚は注意すべきでしょう。的が必ず外れるからです。

 価値観の転換は、歴史を真剣に勉強するなら、至る所に見いだされます。現代の価値観、それも最近数十年の価値観から、過去の歴史を評価しても真相はわかりません。現代人はこの単純な過ちを犯しやすい。

 例えば、日本の仏教について、現代人の立場から解説した番組をみましたが、現代人の立場からはよく描かれていましたが、残念ながら、現代人は物質的感覚を、当たり前にしているので、その当たり前の感覚を捨て去らない限りは、どうしても、真相に迫ることは困難でしょう。

 最澄や空海が現代の仏教の概念から理解できないのは、現代の概念や意識から理解しようとするからです。



 180度価値観が異なるのは、現代の立場や価値観があるからこそなのです。

 つまり、簡単にいえば、現代人と正反対の意識や認識を持てばいいのです。反対の立場に立ってみることです。

 現代人の意識は何処からくるのかといえば、かつてそれとは正反対だった古代人の意識から生じてきたことには変わりがありません。だから、あえて現代人の日常の認識を捨て去る必要があります。

 ここでイソップ物語の北風と太陽の話が思い出されます。

 「あるとき、北風と太陽が力比べをしようとする。そこで、旅人の上着を脱がせることができるか、という勝負をする。

 1.まず、北風が力いっぱい吹いて上着を吹き飛ばそうとする。しかし寒さを嫌った旅人が上着をしっかり押さえてしまい、北風は旅人の服を脱がせることができなかった。

 2.次に、太陽が燦燦と照りつけた。すると旅人は暑さに耐え切れず、今度は自分から上着を脱いでしまった。
これで、勝負は太陽の勝ちとなった。」

 というものですが、旅人とは、人間のことで、上着とは価値観のことです。そして、太陽と北風は、時代の流れを司る存在といえます。

 北風と太陽は、どちらからも旅人の上着、つまり、人間の価値観を脱がせようとします。北風のやり方は、悪魔的で、逆に太陽は神的です。

 では、もし、北風と太陽が、人間に対して同じ存在で、人間の価値観が、北風と太陽を区別している、としたらどうでしょう。



 この話と同じように、自らの価値観に執着している人間は、その価値観の奴隷となるわけです。価値観をいつでも変えられ、変化に対応できる存在こそ、生命の根本原理を認識する者でしょう。

 変化に対して、変化に応じる臨機応変な対応こそ、経験量が必要で、死とは、そのような変化の最たる存在です。

 もし、古代人を現代につれてきたら、古代の生活習慣を改めない限りは死んでしまうでしょう。現代人を古代につれていっても同じです。

 郷に入れば郷に従え!

 時代の幕開けは間近です。時代の幕開けのために、仏教は準備され、言い伝えとして、継承されてきたのです。価値観が180度変わってこそ、意味をもつ存在です。つまり、現代人には意味がわからないからこそ、将来、意味をもつのです。



 晴れているときに傘をさす人間は馬鹿ですが、次の瞬間に雨が降れば、その人間は賢者とされます。

 不用の用です。現世では役に立たないからこそ、現世でない場所では役に立つのです。

 仏教だけでなく、哲学とはそういう存在なのです。

 この世での絶望の渕に立たされたとき、人間はなぜ神仏にすがるのでしょう?

 この世の価値観がもはや通用しないことを直観的に知るからです。

 この世に自分を遣わした存在が神仏だと魂の奥底では気づいているのです。

 だから、困難に遭遇すると人間は祈るのです。

 自分を形作る上着を脱ぎ、自分のなかに存在する神仏、スーパーマンになるためです。





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Last updated  2011年01月04日 13時38分58秒
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