シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年01月13日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 さて、アレクサンダーやユリアヌスの時代(紀元前356年から紀元後363年までの中間期)に触れず、先送りしてきたが、この時代の中心に、ゴルゴタの秘蹟が生じる。このゴルゴタの秘蹟は、もはや、秘儀を理解していた古代のようには、当時の人々には受け取られなかった。

 そのような時代なればこそ、ナザレのイエスという人間のなかに生きたキリストについて、当時の人間は、古代とは全く異なる別のイメージを得た。ゴルゴタの秘蹟と同時代で、秘儀に参入した僅かな人間(秘儀参入者)だけが、古代の霊的なイメージをもっていた。

 大多数のヨーロッパの人類は、ゴルゴタの秘蹟を霊的に理解するイメージを何も持たなかった。従って、ゴルゴタの秘蹟が地上に定着するには、まず外(物質)的な伝統や伝承を通じて、受け取られた。紀元後の数世紀までは、秘儀参入者のグループ内だけが、ゴルゴタの秘蹟と同時に生じた事実を、霊性により理解できた。

 しかし、また別の出来事が起こり、この別の出来事については、第4講で既に述べたヒベルニア、つまりアイルランドでの、古代アトランティスの叡智の余韻が残っていた事実と関係がある。

 第4講で概略を述べたヒベルニアの秘儀の、参入者(入門者)には、古代アトランティス人(秘儀参入者)たちが見ていたように、2つの暗示的な姿(太陽像と月像)から、精神的な存在の輪郭が明確に浮かび上がる霊界を見る機会があった。

 そして、ヒベルニアの秘儀で起きた、この出来事は、参入者自らのなかに厳格に封印され、参入者は厳粛な雰囲気に覆われた。ヒベルニアの秘儀は、ゴルゴタの秘蹟の数世紀前から存在し、ゴルゴタの秘蹟当時にもあった。

 西洋の彼方のアジアで、ゴルゴタの秘蹟が起こり、その後、伝統や伝承を通じて伝えられ、歴史的にエルサレムで、福音書のなかに記された。

 しかし、人間の口を通して、情報を伝えられたわけでもなく、当時の通信手段が口伝しかなかったのにも関わらず、ゴルゴタの秘蹟が悲劇的に成就した瞬間、ヒベルニアの秘儀では、霊視により、パレスティナで起こったゴルゴタの秘蹟の真実が伝わった。

 ヒベルニアの秘儀の地では、同時に、象徴的な光景が実現した。ヒベルニアの地では、(現代人が容易に考えるように)伝統や伝承を通じて、コルゴダの秘蹟を知ったのではなく、ゴルゴタの秘蹟を、霊的な方法で知った。



 事象がいかに連鎖しているかが、ゴルゴダの秘蹟から理解できる。古代の神々との関係が消えると共に、一種の世界の谷間とも呼べる事実が生じる。

 東洋では、エフェソスの火災の後、神々についての古代の観照は堕落していく。ヒベルニアでは、この観照は存在し続けるが、やがて、紀元後になり、消えていく。そして、ゴルゴタの秘蹟を源泉とする叡智の放射が、伝統や口承により展開しはじめる。

 西洋で発達する知識による文明は、全般的に、口承だけに頼るか、もしくは後になって、自然に対する外(物質)的な研究、つまり純粋に感覚的な意識による、自然に対する研究を頼りとする世界で、すなわち、自然に関する分野では、単なる伝承、そして、歴史に関する分野では、文字として記録されたか、あるいは口伝による伝承に相応している。

 従って、西洋で発展する文明には、個(人)性の文明がある、といえる。心霊的なゴルゴタの秘蹟は、歴史的に伝承されるが、もはや直接、観られ、体験されることはない(下図参照)

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 背教者ユリアヌスの時代以後、霊性を排除した文明がいかに広がっていくかを、まるでその現場にいるように思い描いてみる。19世紀末になってはじめて、70年代の終わりから、再び、霊界の高位からの新たな呼びかけが、人類に伝わってきた。

 人智学において、ミカエルの時代として特徴づけた時代が始まった。ミカエルの時代を、霊界の高位の観点から特徴づけたい。

 つまり、人間が、古い唯物主義(マテリアリズム)にとどまりたいなら(人類の大部分は、当初、唯物主義にとどまりたいと願うだろう)、人間は恐ろしい奈落へと入り込んでいくだろう。古い唯物主義にとどまりたいと願う人間は、必ず人間以下の存在(獣)に陥り、高位の人間(霊)性にとどまることができない。

 高位の人間(霊)性にとどまるには、現代人は、感覚を開く必要がある。これから先、獲得すべき霊的な啓示に向かい、感覚を開くことは、19世紀末以降、必須となる。

 ある種の(敵対する)霊的な力ともいうべき存在たちが活動し、ヘロストラトスという人物のなかに、いわば外(物質)的な顕現だけを表出していた。ヘロストラトスを通じて、いわば、ある種の霊的な力ともいうべき存在たちが、アジアから、最後の剣を突き出した。

 ヘロストラトスが、エフェソスの神殿に松明を投げ込み、焼失させたとき、その力の延長として、いわば彼を剣、もしくは松明として行使した背後の存在は、魔物といわれる存在たちで、要するに、ヨーロッパ文明に霊性をもたらさないように目論んだ存在たちである。



 アレクサンダーの遠征により、アジアへともたらされた叡智は、アリストテレスの自然に対する叡智であった。そして、様々な場所に、根源的な自然の叡智が広まった。

 アレクサンダーは、エジプトのアレクサンドリアだけでなく、西洋から遥か彼方のアジアにも、様々な場所にアカデミア(学院、秘儀参入の場)を設立したが、その場に古代の叡智を定着させた結果、その場に長い間保存された。

 古代ギリシアの賢人たちは、いつでもその場に行くことができ、そこに自分たちの安住の地を見つけた。自然に対する叡智は、アレクサンダーによりアジアへともたらされた。





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Last updated  2011年01月14日 09時27分52秒
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