シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年03月02日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 現代の文明を過去の文明と比べてみれば、かつてのあらゆる文明には、第一に超感覚的世界や神々へと上昇してゆく概念や理念、すなわち、産出し、創造し、生み出す世界へと上昇していく概念や理念が存在した。

 第2に、上記の世界を仰ぎ見るなかで、特に神々に属する概念とともに、人間は地上世界を見下ろし、神々にふさわしい概念と理念で、今度は、地上の世界も理解できた。神々に相応しく、神々に値するよう育成され、以上の理念とともに境域の守護者の前にやってくると、境域の守護者は、次のように言った。

「お前は、(境界を)通過できる、地上生の間に、物質体のなかに、既に超感覚的世界に方向づけられた霊的な器官を、お前は超感覚的世界のなかへと携えていけるからだ。

 この器官のお蔭で、物質的-感覚的な世界に帰還するときにも、超感覚的世界を見ることで麻痺させられない力が、お前に残されるだろう。」


 今日の人間は、時代の精神に従って、物質的-感覚的世界にだけ適用できる概念と理念を発達させている。これらの概念や理念は、計量可能なもの、測定可能なもの等を扱うが、神々を扱うことはできない。

 上記の概念や理念は神々の理解には相応しくなく、神々の理解に値しない。それ故に、神々に値せず神々に相応しくない理念の唯物主義に陥ってしまった魂には、雷のような声が轟きわたる。眠りながら境域の守護者の近くを通りすぎようとするとき、雷のような声が轟く。

「境域(感覚界と霊界との間の境界領域)を越えてはならぬ!

 お前はお前の理念を、感覚界に対して誤って用いた。それ故、お前はお前の理念とともに感覚界にとどまらねばならない。魂が麻痺したくないなら、お前は、その理念とともに神々の世界に入ることはできない。」


 以上のような事柄について理解できなければならない。以上の事柄について、あらゆる思考を駆使するのではなく、以上のような事柄によって、心情を貫き、浸透させ、厳粛な人智学協会のクリスマス会議から持ち帰るべき正しい魂の気分(傾向)に至るために、理解できなければならない。

 というのも、人智学徒が持ち帰る他の全てにもまして重要になる魂の気分(傾向)とは、ドルナハにおいて、霊的な認識の中心を生み出そう、という確信を与える気分だからである。

 ですから、今日の午前、ここドルナハにおいて育成されるべき1つの分野、すなわち医学分野のために、ツァイルマンス博士(2)が、次のように述べた内容は、非常なる真実味をもって響いた。



2)ツァイルマンス博士:F. W. Zeylmans van Emmichoven ツァイルマンス ファン エミヒョーベン 1893-1961 医学博士、オランダの医師、著述家、オランダ地区協会事務総長。とくに『ルドルフ・シュタイナー 伝記』(シュトゥットガルト1961)を著した。

 しかし、重要なのは、医学のような生命の実践分野に、人智学を取り入れることである。このことを、ツァイルマンス博士(2)の切望と私(シュタイナー)は解した。というのも、この目標に対し、彼は、「今日、医者になった人間は、自分を医者になった、と言うが、新たな世界の一角から、新たなる衝動を与える知識を切望している。」と語った。

 将来、疑問の余地なく、医学の分野においての基礎固めを、ここドルナハから実行していくべきである。人智学のなかに胚胎されていた数多くの分野が活動してきたように、今、また人智学の協力者であるヴェークマン博士(3)とともに、人智学から形成される医学体系を、人類は必要とし、将来の人類のための医学体系が、人智学より築かれなければならない。




 同様に意図すべきことは、祝福に満ちた活動を行っているアーレスハイムの臨床医療研究所との緊密な関係を、ゲーテアヌムとの密接な結びつきとして、できるだけすみやかに近い将来確立することである。そうすれば実際、アーレスハイムの成果が人智学の真の医学的な基礎固めの体系を形作っていくだろう。これが、ヴェークマン博士自身の意図でもある。

 アーレスハイムの臨床医療
http://www.swissinfo.ch/jpn/detail/content.html?cid=7333706

 さて、ツァイルマンス博士は、医学分野のために、将来、ドルナハの理事会が、課題とすべき分野における人智学的活動を指摘した。この活動分野の事情が、今後わかってくるだろう。

 ただし、次のようには望まないで欲しい。

 「アーレスハイムに、まずオイリュトミーを持っていこう。オイリュトミーを見れば、人智学について何も知らなくても、オイリュトミーが気に入るだろう。オイリュトミーが気に入り、多くの人がやってくれば、オイリュトミーの根底の人智学を知り、人智学にも興味をもつかもしれない。」

 あるいは、「最初に、薬の実効性を示せば、多くの人が薬を買うだろう。薬を買えばいつか、その薬の根底に人智学が潜んでいることを知り、人智学にアプローチするかもしれない。」

 以上のような手法を、不誠実とみなす勇気を持たなくてはならない。以上のような手法を不誠実とみなす勇気を持ち、内的な嫌悪感を覚えてはじめて、人智学は世界へと通じる道を見つけることができる。この点において、将来、ここドルナハが、狂信や熱狂でなく、誠実や、真理への愛のなかで堅持すべきものとは、真理への努力である。

 真理への努力によってこそ、過去数年に、かくも甚だしく働いた夥しい不正を、改善してゆくことができる。

 軽々しい思いではなく厳粛な思いをもって、人智学協会設立に通じた、このクリスマス会議を終わらなければならない。けれども、クリスマスに、ここドルナハで起こった出来事から、もはや厭世(ペシミズム)を持ち帰る必要はなくなった。



 再建されつつあるゲーテアヌムからの真の精神的な生活として、将来の人類の恵みのために、勤勉や帰依を通じて、是非とも生み出すべき霊的な炎が、必ず出現する、という思いが起こってくる。

 人智学上の課題を行う勇気をもって、ここドルナハから出かけて行くほど、人智学徒の集いによる、このクリスマス会議において、希望に満ちた霊の行進のように進行したことを、一層よく聞き取ることになる。

 というのも、退廃した文明や学校とともに今日ある人間が、境域の守護者の前で眠っている魂をもつというような、これまで描写し、しばしば目にもできる光景が、感受性のある人智学徒たちには存在しないからである。

 やはり、状況によっては、次のような勧告を要するものもある。

「お前が、霊の国からの声を聞くためには、この声を自ら認め、発展させる強い勇気を持たなければならない。お前は目覚め始めているが、勇気の欠如により、眠ってしまっている。」



「霊の国の外にとどまるがいい。お前は理念を単なる地上的な対象に誤用した。お前は、神々に値するような、神々に相応しいような、どんな理念も集めなかった。それ故に、お前は、物質的-感覚的世界に再び帰還する際、麻痺せざるを得ないだろう。」





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Last updated  2011年03月02日 16時52分02秒
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