シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年03月15日
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カテゴリ: 神秘体験空間


 自由の本質


 人智学運動は、擬似神秘のような不可思議な存在を求めているのではない。このようなことは人智学運動の出発点として、既に19世紀の90年代の初めに試みた研究からも読み取れるはずである。

 当時、現代の社会認識にとって必要と思われた事柄を、著書『自由の哲学』の中で包括的に論じた。この『自由の哲学』を読めば、人智学を擬似神秘主義に思えるはずがない。

 けれども、この著述の中で展開した人間の自由に対する考えと、近代文明から生じた、今日の自由の衝動、もしくは自由に対する知性的な概念との間には大きな相違が認められる。

 一般社会での自由の概念の例として、ウッドロー・ウィルソンの場合を取り上げてみる。彼の考え方は現代文化の特徴をよく示している。ウィルソンは真実、心の底から、現代の政治生活のために自由を求めていた。

ウッドロー・ウィルソン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%B3

 しかし彼の説く「自由」とは何なのか?

 それは次のような彼の考えから明らかである。彼によれば、船が自由に航海できるのは、船の構造が風向き、海流他、航行中の周囲のあらゆる条件によく適応できたからであると考える。



 ウィルソンは人間の自由な生活を機械の部品とも比較した。つまり機械も自由に働くには、組み込まれた部品が、どこからも妨げられず、機械の中で自由に働けるような構造をもっていなければならない、と考えた。

 いま、ただ1点だけを述べたい。上記のような環境への適応の正反対を行うときにだけ、人間の自由が語れる。海上の船を、風や波に最高の形で適応させる方法が人間の自由なのではない。

 周囲から来る力の働きなどにかまうことなく、風や波に逆らって、グルグルまわったり、立ち止まったりする船でこそ、人間の自由と比較できる。

 ウィルソンの自由観の根底には、世界に対する全く機械的な思考が隠れているが、今日の現代人もまた、ウィルソンのような考え方を唯一可能な考え方だと錯覚している。

 ウィルソンのような考え方は、近代になって表面に現れてきた主知主義の産物である。

 著書『自由の哲学』の中で、ウィルソンのような考え方にも批判を試みた。近代人の主知主義は人間の出発点となるべき問題をあまりにも考えずにきた。

 人間の本性を深く洞察するなら、次のように述べるはずである。

 「人間は生まれたときに予め定められていた通りの存在だけにとどまらず、生活を通して、それ以上の存在にもなることができる。」

 人間の自由は、生まれたときから与えられているものではない。自由は、自分の中から目覚めさせることによってはじめて可能となる。





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Last updated  2011年03月16日 16時50分30秒
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