シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年03月16日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 次いで、個人文化の第3の千年が始まる。この第3の千年のなかに、別の形で、古代ギリシア精神が作用を及ぼしている事実を見て取れる。例えば、ラファエロ(Raffaello Santi 1483-1520)、ミケランジェロ(Michelangelo Buonarroti 1475-1564)、レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinchi 1452-1519)、といった芸術家たちを見るときに、上記の事実がわかる。

ラファエロ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A8%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3

ミケランジェロ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B1%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%83%96%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%86%E3%82%A3

レオナルド
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%81

 第3の千年においてはもはや、第2の千年の文化におけるように、古代ギリシア精神がキリスト教とともに生き続けるのではない。第2の千年のように、古代ギリシア精神を、歴史的に偉大で、外(物質)的に観察される精神としては受容しなかった。

 第3の千年では、人間は直接古代ギリシア精神に向かう必要性が生じる。レオナルド、ミケランジェロ、ラファエロの偉大な芸術作品を、再現するように、自らに作用させると、古代ギリシア精神が次第に意識的な方法で受容できる事実を見つけることができる。



 この古代ギリシア精神を、世界観として意識的に受容できる事実を見つけることができる。例えば、トマス・アクィナス(Thomas von Aquino 1227-1274)が、自らの哲学を形成する際、キリスト教の哲学から流れ出す精神を、アリストテレスの哲学の精神と融合せざるを得なかった。

トマス・アクィナス
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%AF%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%82%B9

 古代ギリシア精神は、トマスによっても意識的に受容され、その結果、意識的な形で、古代ギリシア精神とキリスト教が哲学的な形態をとって合流した。ラファエロ、ミケランジェロ、レオナルドの場合は芸術的な形態をとって合流した。

 以上の動向の全体性を通じて、精神的生活を貫き更に上昇した精神的な潮流、すなわちジョルダーノ・ブルーノ(Giordano Bruno 1548-1600)、ガリレイ(Galileo Galilei 1564-1642)における、ある種の宗教的な敵対的存在が現われる。

ジョルダーノ・ブルーノ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%AB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%8E

ガリレイ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%AC%E3%82%A4

 にもかかわらず、至る所に、古代ギリシア的な理念や概念が、特に自然観と関連して浮上してくる事実が見つけられる。この精神的潮流は、古代ギリシア精神の意識的な吸収である!
しかし、この(個人的な)精神的潮流は、古代ギリシア精神より、前には遡れないが、あらゆる魂のなかに、例えば学識があり、高い教養を身につけた人間だけでなく、極めて素朴な人間にいたるまで、古代ギリシア精神とキリスト教が意識的に合流して入り込んだ精神的生活が広がり、生きている。



 19世紀になると、ある独特な精神が生じ、根本的に、この精神を形成し、行なうには神智学、もしくは人智学が適任である。いかなる力強い潮流が生じるかは、個々の現象において見つけられる。

 バガヴァッド・ギーターという素晴らしい詩篇がはじめてヨーロッパで知られるようになったとき、この詩篇の偉大さが示す深遠な内容を意味する精神により心が奪われる出来事が見つけられる。ヴィルヘルム・フォン・フンボルトのような深い精神の持ち主が、バガヴァッド・ギーターを知ったとき、自分が目にした最も深遠な哲学的な詩篇である、と言い得たのは忘れがたい出来事である。

ヴィルヘルム・フォン・フンボルト
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%83%88

 フンボルトは、バガヴァッド・ギーターを、太古の聖なる東洋から響いてくる偉大な精神の歌として知ることができたので、長生きした甲斐があった、という名言(1)を発することができた。

1)ヴィルヘルム・フォン・フンボルトの名言;Wilhelm von Humboldt(1767-1835)1823年6月21日のシュレーゲル宛の手紙及び1828年3月1日ゲンツ宛の手紙。



 というのも、このバガヴァッド・ギーターは実際、古代東洋から伝わってきた他の文献のような存在ではないからである。他の文献は、東洋的な思考と感情を、様々な観点から告げるのを常としている。

 ところがバガヴァッド・ギーターには、東洋のあらゆる様々な方向の思考や感性や感情や観点の合流が現われてくるところが重要点である。





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Last updated  2011年03月17日 16時48分16秒
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