シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年07月11日
XML
カテゴリ: 神秘体験空間
 古代の人間に関して、次のような喩えを用いることができる。

 古代人は、日常の日常体をもち、この日常体の内部に、更に精妙で霊的な、日曜体をもっているように描ける。

 日常体を用いて、古代人は、日常の体験に対処し、エーテル体だけから構成されている日曜体を用いて、認識し、古代の学問を育成した。

 例えば、現代人が、日常体を用いて、学問をつくり、宇宙から叡智を授けられる際に、日曜体を全く用いない、という認識方法は、古代当時の人間を驚かせるほど、現代人と、古代人とでは、大きく異なり、現代からみれば、古代は全く逆であることが確認できる。

 では、日曜体と日常体の全状態で体験するような当時の古代人にとって、その体験は、一体どのようなものだったのか?

 この古代人の全状態の体験、すなわち、魂の奥底の力による認識は、例えば、サーンキヤ哲学を完成させたが、現代人の認識とは全く異なっていた。現代人は、学問を身につけようとするとき、頭で思考し、知性を捻出しなければならないが、古代人は、全く異なっていた。

 叡智を獲得したときの、古代人は、自分が、まるでエーテル体のなかにいるように感じた。といっても、現代人のような物質的な頭部のエーテル体には、ほとんど刻印(記憶)せず、むしろ、頭部以外の他の部分に多く刻印されているエーテル体のなかにいるように感じた。

 古代人は、頭部以外の他の部分のエーテル体で、現代人よりも遥かに多く思考していた。頭部のエーテル体は人体では最も劣った部分である。古代人は、まるで自分はエーテル体で思考し、思考の際、物質(肉)体から上へ抜け出るように感じていた。

 知識や認識の形成の瞬間、更に、古代人は次のように感じた。古代人は、自分が、本当は、地球と共に1つの全体であると感じた。



 古代人は、自らを、地球の一部と感じ始めた。古代人は、エーテル体のなかで思考し、知性を獲得するのを感じながら、他方で、自分はもはや地球から切り離された人間ではなく、地球の一部であるように感じた。

 古代人は、自分の本質が地球の中に食い込んでいくのを感じた。つまり、古代人が、日曜体を纏い、いざ認識という際に、内的な体験全体が、完全に変化した。

 では、この古代の第3文化の時代が衰退し、そして新たな第4文化の時代が始まったとき、何が起こったのか?

 このとき起こった出来事を理解したいなら、古代の命名法に少し感情移入してみる必要がある。古代では、これまで述べてきた体験の際に、古代人は、「自分のなかで蛇が活動し始めた」、と言った。

 つまり、古代人の本質は地中へと伸びていった(下図)。
guta3.gif

 古代人は、自分の物質(肉)体を、活動の本質的な基盤とは感じていなかった。古代人は、自分が蛇のような突起を、地中に伸ばしていくように感じ、頭は地中から突出したように感じた。このまるで、蛇のような存在を、古代人は「思考者」と感じた。

 従って、古代人のその様子は次のように描写できる。エーテル体は蛇の体のように地中に伸び、そして物質的部分は、地面の外にあり、古代人が認識し、知性を獲得する際には、地中に入り込み、エーテル体で思考する。

 古代人は、「私のなかで蛇が活動している。」と言った。古代では、認識とは、いわば、「私のなかの蛇を活動させる」、もしくは、「私は蛇を感じる」ことであった。

 では、新たな時代が始まるため、すなわち新たな認識が到来するために、何が起こったのか?

 古代人が、両足と両脚を通じて、その本質を地中に伸ばしていくように感じた瞬間が、もはや不可能となった。また、それに加え、エーテル体のなかの感情は死滅し、物質的な頭へと移行した。



 (地中深く浸透していったエーテルの思考器官を失い、日曜体を失う。⇒足に傷を負い、蛇の頭を砕く。)

 物質(肉)体、特に、物質的な脳が、(エーテル体の)蛇を殺すことがわかる。そして同時に、「蛇は、人間から、地球との一体感を奪いとる」、つまり「人間の踵に噛みつくことで、人間に復讐する。」

 人類の体験が別の形態へと変わるような移行期では、古代から入り込んできている知性は、新たな時代に到来する知性とは、いわば戦闘状態となる。というのも、事象は、共有するものだからである。

 いわば、息子が長生きし、父親も存命なのと同じだが、息子は父に由来する。第4文化の時代のギリシア-ラテン時代の特性が現出するが、まだ当時の人間や、民族のなかには第3文化のエジプト-カルデア時代の特性が入り込んでいた。

 進化が入り混じり経過していくのは当然である。しかし、新たに上昇していく存在であると同時に古きに由来する存在として、共存し生きる存在は、もはや、古い時代の知性には、よく理解できない存在となる。古き者は新しき者を理解しないからである。



 第3文化の人類の時代から第四の文化の時代への移行は、以上のように特徴づけられる。

 従って、1人の英雄が登場しなければならなかった。蛇を殺し、蛇によって傷つけられる体験を意味深く示すと同時に、古い時代から新たな時代へと、自分の近親者のなかの特性を引き継ぎ、輝く存在に、対抗しなければならなかった、いわば人類の指導者が必要となる。

 全人類の世代が体験する出来事を、最初に1人の英雄が、非常に大きなスケールで体験する形で、人類は、進化していかなければならない。

 この転換期に、蛇の頭を殺し、第3の文化期において、意味をもつ存在に対抗した英雄は、一体誰だったのか?

 人類を古いサットヴァ時代から新たなタマス時代へと導き出したのは誰だったか?

 それはクリシュナであった!

 その英雄が、クリシュナであったという事実は、東洋の伝説(1)により、はっきりと示すことができる。

1)東洋の伝説:太古のインドの神々と英雄たちの伝説は紀元前500年から紀元後500年の間にいわゆるプラーナ文献に書きとめられた。膨大な18篇のプラーナ文献は全インド神話を含む。プラーナ文献の多くはヴィシュヌ神とその様々な化身に捧げられている。ヴィシュヌ-クリシュナ伝説はバガヴァッタ・プラーナで語られる。

プラーナ文献
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%8A%E6%96%87%E7%8C%AE

 その伝説ではクリシュナは、神々の息子とされ、マハーデーヴァやデーヴァキーの驚異の息子として登場する。つまり、クリシュナは、新しい叡智をもたらす。

デーヴァキー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%AD%E3%83%BC

 先の比喩を続けるなら、クリシュナは、日常体のなかに知性を求めさせ、日曜体、すなわち蛇を殺し、新たな時代へと入り込んでくる自分の親族に抵抗しなければならない。

 このような人間は、未知の、驚くべき存在である。従って、伝説は、幼子クリシュナの誕生のときに、既に周囲は驚異に満ちていたことや、クリシュナの母の弟カンサが、幼子クリシュナの命を狙ったことを語っている。

 幼子クリシュナの叔父のなかに古き特質が入り込んでいるので、新しい叡智をもたらし、第3文化の時代を終わらせ、外的な人類進化のために、古い関係を滅ぼす目的をもつクリシュナは、抵抗し、抗わねばならない。

 クリシュナは、古代のサットヴァ時代の守護者であるカンサに抵抗しなければならない。そして、クリシュナを取り巻く、重要な驚異のなかで伝説は語る。

 巨大な蛇カーリが、クリシュナに巻き付いたが、蛇の頭を踏みつぶすことができた。蛇はクリシュナの踵を傷つけた。このような伝説には、オカルト(秘教学)的な事実を直接再現する表現がみられる。実際に、このような伝説は、直接、事実を再現している。

 ただし、外的な説明に囚われてはいけない。このような伝説を理解するためには、正しい場所で、正しい認識との正しい関連において、伝説を捉えなければならない。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2011年07月11日 16時50分10秒
コメント(0) | コメントを書く
[神秘体験空間] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: