シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年08月03日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 先日、NHKの未解決事件という番組をみたが、恐らく、多くの視聴者が思ったことだろうが、真犯人探しが主題なのかと期待してみたが、捜査のミスが主題で、なぜ、未解決という失敗に終わったかというのが主題だった。 

 その期待は裏切られたが、ある意味逆に、捜査の問題点が理解できてよくわかった。

 一言でいって、捜査ミスは、警察上層部と、現場との乖離にある。

 現代の日本をダメにしている一因の官僚の無能さにも、この現場を理解しようとしない、上層部の思い上がった態度にあると思う。

 警察の上層部なのに、現場視察もできないとは、開いた口が塞がらなかった。当時、本部長だった人物の発言をみて、その人格の思い上がった態度が即座にわかった。しかも、その後の反省会もなかったようである。なんのための上層部なのか、馬鹿らしい。失敗の事実すらも検証しない。もはや地獄に行くだけである。

 このような人物が上層部にいる限り、現場の努力は残念ながら全て無視され、無駄なものとなる。それは、太平洋戦争中に、重要な情報を現場があげてきたのを、ことごとく無視した大本営と同じであろう。

 弱点が大本営にあるのだから、米軍も赤子を捻るようなものだったのだろう。だから屈辱的な裁判まで行われたわけである。大本営を戦犯にすることなどは米軍には容易だったのだろう。どんな国であっても、祖国の裏切りに対しては、敵であっても裏切りで報いるものである。

 なにしろ、現場に赴いて、事実すらも確認しようとしないくらいなのである。もはや目隠ししているのと同じである。現場にすれば、上層部も一枚咬んでいるのではないかというような謀略をも思わせるものがある。

 恐らく、何の苦労もなく、責任の重い地位についたのであろう。だから、事実を発見することを馬鹿にし、事実に対しての賢明な努力や真剣さに欠けてしまうのだろう。少なくとも、机の上で、事実をみることはできない。できるとしたら、事実と直接コンタクトできる霊能者しかいないだろう。



 生死を賭けるような努力をせずに、事実がそうやすやすと姿を現すわけがない。命懸けで現場視察しなければ、事実など現れるわけがない。

 江戸時代の家康にも逸話が残っている。家康は、単独で、よく庶民の家に碁を打ちに言ったという。碁を打ちにいくことで、庶民の心情を視察したのである。三代家光も、お忍びでよく、江戸の町に出たという。

 1人でいくので、周囲の者が、将軍にもしものことあればと、何度も諌めたのを無視して出て行ったという。ついに、ならず者が現れ、裏門から出ていく将軍を投げ飛ばして行ってしまった。

 そのことを将軍が、周囲の者にいったところ、だからいわんこっちゃないと、ある家臣が進み出て、これからは、1人で外出するようなことはないように、と言って去ったのを聞いて、将軍は、さては、あやつめの仕業だったかと覚ったが、何の罪も咎めなかったという。 

 組織の失敗は、本当は、一番上が責任をとるべきなのに、中間職が自殺に追い込まれているのも、警察官僚の非情さを感じさせた。

 この思い上がった態度は、教育や研究において権威主義としても現れてきている。

 この思い上がった態度が、自分たちの都合を優先させることで、現場にある事実を覆い隠し、蓋をしてしまうのである。

 福島原発事故などもそうである。東日本震災を単独で視察した政治家はいたのだろうか?

 手と足を、神様が与えてくださったのに、それを動かして、事実を捉えようとしない。頭だけで足りると思っている。しかも、その頭の知識も既に古びた記憶のゴミでしかない。偶像崇拝この上ない。

 事実を捕まえようとせずに、古びた知識の上に胡坐をかいている、このような人間は一体いつの時代に生きているのだろう。現代に生きていても、過去に生きているのと同じである。

 地獄から、自力で天国に向かうための能力をつけるために、いま生きて、事実を探しているのである。人間は、神様に、生命を与えられ、生かさせていただいている!



 「せっかく、人間に未来を与えてやろうと思っているのに、がっかりさせるなよ」

 「どうやら現代人は、神様が伝えようとする大切な事実よりも、自分たちの思い込みを優先させる連中なのか、それなら、こっちからお断りで、この広い世界で、せいぜい迷うがいいや。」

 というように、自然霊である妖精たちがあざ笑っているだろう。

 人間は失敗から学ぶしかできない。失敗から学ばなければ、いつまでたっても同じ失敗を繰り返すだけである。

 人間の間違った思考を、偉大な事実に当てはめることはできない。神々のつくった偉大な事実を超えることなどできないからである。そして、事実こそ、人類の未来を切り開く幸福のメッセージなのである。



 古代の叡智を学べば、現代人がいかに傲慢で、思い上がっているのかがわかる。

 現代人に一番かけているのは、事実に対する命懸けの探究心や、真実にたいする誠実な態度である。事実や真実に対して、どんな人間も平等で、いかに努力したかの姿勢に委ねられる。

 人間は、事実に適合すべきであって、事実を思考に組み込むべきで、思考を事実にあわせようとするのは人間の無駄な徒労で、大きな罪であり、災いを生むだけだろう。

 お釈迦様も、覚るのが大事なのではなく、覚ろうとする姿勢が大事なのだとおっしゃっている。資格などは、単なる紙切れで、資格とは、能力や姿勢の確認のためにあるといえるだろう。

 坊主で金を稼ぐ奴はいるが、本当の坊主はいない。キリスト者であると公言する者はいるが、本当のキリスト者はいない。この世での生計をたてるのに精一杯で、あの世での生計は考えられない。論語読みの論語知らずは巷に溢れている。

 なにしろ高僧が脱税するくらいである。信長がでてきて焼き討ちした方がマシではないのか?

 書を売って金を稼ぐなどとは、快川和尚も、ビックリだ!

 生きているのに既に魂は死んでいる。

 正しいことを保証すること自体は嘘になる。だから、人間は、神がいると思われる正しいほうに自分を合わせることで絶えず進んでいくしかない。そのアンテナが良心だろう。





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Last updated  2011年08月04日 16時57分58秒
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