シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年09月06日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 「献身」とは、真理の探究を直接行うような心の状態ではなく、事物から流れ出てくる事実の啓示を通じて、真理を求めると同時に、その啓示を受容できるほど自らが成熟するのを待てるような心の状態である。

 判断や意見を即座に形成する傾向のある人は、どの段階でも、即座に真理に到達しようとする。

 一方、「献身」は、様々な真理へと、強引に押し入ろうとはしない。「献身」では、むしろ自身を自己教育により高め、世界の事物から真理が啓示として流入するように、自身の人間という全存在を満たす成熟段階へと到達するのを静かに待つことを求める。

 (「急がばまわれ、急いては事を損じる。」という諺を彷彿とさせる。)

 忍耐が、自己教育において、益々、先へと進めてくれることを知りながら、忍耐強く働くことが「献身」の気持ちに適う。

 では、この「献身」がもたらす効果について考察する。

 思考をもって、「驚き」から「敬虔(謙虚)」へ、そして事実(現実)との叡智に満ちた「調和」の中で、自身を感じることへと進んだ後、ついには「献身」の態度へと到達したとき、何を達成するのか?

 それは次のようなことである。

 「この世界に生き、植物の素晴らしい緑を観察し、その変化する花の色を称賛するとき(評価するのではなく、対象自身が何者であるかを明かすようにさせる)、あるいは空の青さや金色に輝く星をじっと眺めるとき、もし、本当に、この『献身』を学ぶことに成功していたなら、感覚世界の全ての対象が、変容体となり、自らの魂から取ってきた言葉以外では言い表せないような言葉が、感覚世界の中に現れる。」



 以下の図1の線分a-bが、人間の視界に広がる感覚世界を示すものとする。cに立って、眼前にベールのように広がる感覚世界を見る。線分a-bは、聴覚に働きかける音や、視覚に働きかける色や形や、その他の感覚器官に働きかける匂いや味や、硬さや柔らかさ等々で、要するに感覚世界全体を表わす。

fig1.jpg

 通常の生活では、人間は感覚世界の中に立ち、対象に対して、判断力を適用する。このような判断力から、科学全てが生じた。人間は感覚世界に関して、様々の方法を用いて、その支配法則を探求する。

 しかし、これまで述べてきた内容からわかるように、そのような手続きからは、人間を、真理の世界へと導くことはない。何故なら、人間の判断は、真実の導き手ではなく、真理の世界へと到達できるのは、ただ「驚き」や「敬虔(謙虚)」他の道筋を辿りながら、自らの思考を自己教育に用いる方法のみだからである。

自己教育により、魂が、「献身」の状態に到達したなら、感覚世界は、変化し、全く新しいものとなる。そして、感覚世界の真の性格について、何らかの知識を得るなら、感覚世界のなかの真の存在を発見することが重要となる。

 では、この「献身」の感情と態度を、かなり高度に発達させた人間が、水々しく輝く緑の牧草地を見渡す場合を想定する。一見しただけでは、個々の植物のどんな色も見分けることはできない。全体が新鮮な緑の様相を呈するだけである。

 もし、「献身」の態度を、高度に発達させていたなら、牧草地を見れば、「調和」の感覚が内に生じる。この「調和」の気分(停滞したような調和ではなく、活力のある調和だが)を感じるように促される。それは静かにゆったりと流れる水に喩えられる。

 このような光景が、魂の前に魔法のように出現する。そして、それは、味覚や臭覚他のあらゆる感覚知覚に対しても同様に現れる。その光景は、魂の中に、必然的に内的な感動や活動的な感情を呼び起こす。

 全ての色や音等が語りかける。そして、それらは、判断や意見などではない、内的な感動や生命的な活動をもって問いかけ、自ら答えるような形で語りかける。

 要するに、「献身」に達した人に対しては、感覚世界がいわば仮面を脱ぎ捨て、「意志」という言葉でしか言い表せないような本性(叡智)を、自ら明らかにする場面が訪れる。感覚世界の事物全ては、力強い「叡智」の流出である。

 特に、次の点に注目して欲しい。多少なりとも高い「献身」の段階に到達した人は、感覚世界の至る所に、「支配する『叡智』」を見つける。「献身」の性格をたとえわずかでも、自らの中に発達させたなら、例えば突然向こうから、吃驚するような色の奇抜なファッションで来る人を見たときには苦痛を感じる。



 以上のように、感覚世界は、いわば無限の多様性を持つ「意志」の海になる。そして、もし、この事実が理解できなければ、周囲に広がる感覚世界が、閉鎖的な仮面を被るか、もしくは深い覆いを身に纏い始める。

 「献身」に達した心は、感覚世界のなかの事物という表面の奥にある本性を見聞きし始める。そして、見聞きするのは、流れる「意志」である。

 (現代物理学では、負のエネルギーを数学的に算出しているが、負のエネルギーとは、物質を前提として、二元論から、物質がゼロになる極限を一元的に想定し、基準にしているので、このシュタイナーが説く「流れる叡智」を想定していないため、負のエネルギーという奇妙な換算値が現れる。

 よくよく考えてみれば、金持ちが、大金を使いはじめて、貧乏になり、それでも浪費癖がおさまらずに、使い続けると、無一文という段階をすみやかに越えて、今度は負債者になるのと同じで、物質が、エネルギーを消耗し続けると、金持ちが負債者になるように、理屈でいえば、作用が反作用となって、反物質が、負のエネルギーにより生成されるようになる。

 つまり、物質は本性ではなく、仮想であり、本性は、金持ちの浪費癖のような、物質をどのように制御し、変換する作用にあるわけで、この世界を作り出しているのは作用であり、つまり神々の意志そのものであることに気がつく。人間も皆、神々の子供なので、同じように意志をもち、この意志の扱い方で、世の中も成り立つ。)



 (音響からわかるように、全ては「意志」の波動から構成される。)

 しかし、本当は、「献身」を学んだ人にとっては、感覚世界の全てが「意志」である。

 さて、感覚世界のあらゆる場所に、この「意志」の感知を学んだなら、更に先に進むことができる。もし、「献身」を学んでいなければ近づけない感覚世界の背後の隠された秘密へと参入できる。





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Last updated  2011年09月06日 16時53分37秒
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