シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2011年09月07日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 もし、次のステップを正しく理解するなら、次のような問いを自らに投げかける必要がある。

 「一体どうやって感覚世界のなかの叡智を獲得できるのか?」

 その答は単純で、人間の感覚器官によってである。耳により、音の世界の叡智を獲得し、眼により、色や形の世界の叡智を獲得する等々である。人間は、感覚器官の仲介により、感覚世界を知る。

 日常的な通常の方法で、この感覚世界に向き合うなら、感覚器官の印象を受け取り、判断を形成するが、「献身」を学んだなら、第一に、自らの魂の感覚を通じて印象を受け取る。そして、対象から向かって活動的な「意志」が流れこむ様子を感じる。

 「献身」を学んだなら、まるで対象とともに「意志」の海の中を泳いでいるように感じる。そして、目の前の対象の中に、「意志」を感じる地点まで至ったときの自身の魂の進歩が、自然と、次のより高い段階へと駆り立てる。

 というのも、「献身」へと続く前段階の全てを、肉体と同様に、肉体の背後にあるエーテル体で、これまでとは逆に、すなわち、最終的に獲得する「献身」の段階から、その前の「敬虔」の段階、そして、最初の「驚き」の段階を通じて、対象と共に成長するのを学ぶことになるからである。

 肉体、つまり感覚器官をもちながら、エーテル体で、活動的な「意志」の中で、対象と共に成長する。「献身」の状態にある人間は、視覚や聴覚、臭覚等々の感覚から、「意志」が、直接、自分の中に流れ込むのを感じる。

 そのとき、自分が、対象と直接対応しているように感じる。物質的な眼の背後には、エーテル体の眼があり、物質的な耳の背後には、エーテル体の耳がある。自身のエーテル体の感覚に次第に益々浸透され、活動的な「意志」へと参入するなら、肉体が感覚世界の事象とともに成長するように、エーテル体も成長する。

 エーテル体の感覚器に浸透されるとき、自分が全く新しい世界をみていることに気がつく。そのとき、新しい世界は、感覚から出現する対象を通じて、「意志」へと到達したときよりも更に大きな変貌を遂げている。



 (量子論のハイゼンベルグの不確定性関係を彷彿とさせる。)

 魂のなかで「献身」の気分を既に経験した人が、樹液に満ちた緑の葉を見る場合を想定する。いわば魂の眼を、目の前の緑の葉という対象に向ける。即座に、この水々しい葉を、今あるような姿にとどめることができないことに気がつく。

 つまり、その植物の葉に参入する瞬間、葉のなかに、葉自身を越えて成長する力(作用)を感じる。いかに葉が、自らのなかに、何か全く違ったものになる可能性を持つか、という変容力(作用)を感じる。植物の中では、上の部分ほど成長し、葉が、ついには、色彩豊かな花や、花弁に変わる。

 植物全体は、本当は、一枚の葉が変化したものに過ぎない。このような事実を、ゲーテの自然に対する研究から学べる。

 ゲーテの研究から、葉を観察するなら、葉がいまだ完成せずに、葉という形態を越え、成長しようとする背後の形成力を理解できる。要するに、緑の葉以上の印象を与える。その緑の葉は、観察者を刺激し、葉のなかに発生し、成長する生命(変容)力を感じるようになる。

 以上のように、自身のなかにも生命(変容)力の発生や成長を感じながら、文字通りに、植物の緑の葉と共に成長し追体験する。

 では今度は、枯れて乾燥した木の皮を観察する。枯れた木と共に成長を追体験するなら、死の感情に圧倒される。枯れた樹皮のなかに、現実の形態以上の生命力はなく、それ以下の物質力を見る。もし、その樹皮を外見だけで捉えるなら、称賛もでき、喜びも発見できる。

 いずれにしても、死んで、物質となった樹皮の中に、自らの魂を、まるで収縮させたり、刺激したり、死に対する考えで満たすような生命力を見ることはない。

 エーテル体が成長する際には、宇宙の発展や発生や生成の感情、もしくは衰退や消滅の感情を必然的に生じさせる。宇宙のあらゆるものは、いずれかの側面において自らを現わす。「献身」の段階に到達し、更に次の段階に進んだなら、例えば、人間の喉頭に注意を向ければよい。

 喉頭は、進化の初期段階の、将来発達する未完な器官のように見える。喉頭が自ら告げる内容から、喉頭がまるで植物の枯れた果実ではなく、種子のように感じる。喉頭自らが明確に与える表現から、人間進化の途上で、喉頭が完全に変容するときが、つまり、喉頭の本性は、今は単に言葉をしゃべる機能だけだが、将来いつの日か、人間そのものを誕生させる機能をもつときが来ることを知る。

 喉頭は未来の誕生のための器官、未来の生殖器官なのである。



 人体のその他の器官は、遙か昔に、進化の絶頂期を過ぎ、将来、もはや人間の生体の中には存在しないことがわかる。上記のような観点から、宇宙のあらゆる場所には、成長と生成をする一方で、他方では消滅するような現象を、同時に見る必要性を感じる。

 生成と消滅の両方を、未来へと続くプロセスとしてみることができる。

(現代物理学の素粒子論のなかの、場の量子論も、生成と消滅を演算子として数学的に捉え、素粒子を表現している。)

 エーテル体と宇宙との統合を達成するとき、人間の周囲に発生する生命や、死、もしくは衰退が、互いに絡み合っているのを発見する。この霊的な透視力の獲得については、この先、非常に厳しい試練に耐えなければならない。

 というのも、「献身」の段階に達したなら、周囲に遭遇する、自身の存在を告げる個々の対象に対して、いちいち、生成される生命の感情と、その逆の死の感情が同時に生じるからである。感覚世界の背後の存在全てが、自分は、この2つの基本力のうちの一方から、この世界にやってきた、という事実を知らせるからである。



 意志の背後には叡智がある!

 いま、あえて「意志」を、「叡智」と述べた。というのも、人間の想像の中に表現される叡智は、大体において、生命活動の表現でなく、単なる死んだ思考の叡智だからである。生命活動をもつ意志の背後を霊視するときに、獲得できる叡智は、対象と1つになっている。





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Last updated  2011年09月07日 16時51分04秒
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