シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年02月22日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 古代ヘブライ語と日本語の関係にドップリとハマってしまった感じで、毎日検索して、以下のようなサイトをみつけた。

 古代ヘブライ語から、日本語と英語を考えたものである。

http://www.sun-inet.or.jp/usr/hiro7733/public_html/word/word.html

 このサイトは、古代ヘブライ語が西側を経由して、一方で、ラテン語、ギリシャ語から簡略化されて英語になり、他方で東側を経由して、日本語へと到達したのだから、元は同じなので、末端から、改めて、語源を考えてみるものである。

 また、日本語と古代ヘブライ語を考える上で、日本名がもっともわかりやすいのではないか、とも思って検索していたら、以下のサイトに遭遇した。

http://heshbonit.blog122.fc2.com/blog-entry-277.html

 考えてみれば、イスラエル人の祖先アブラムやイサクやヤコブも、なんとなく日本人の名前を彷彿とさせる感じがする。少なくとも、欧米圏の名前という感じがしない。イサクなんか、日本昔話によくでてきそうな名である。

 そこで、日本の姓は、古代ヘブライ語に由来するのではないか、と思ったわけである。

 例えば、「タイラ」なんか、非常に面白く、タイラは、古代ヘブライ語では、「鳥」という意味をもち、トリは、トーラーが転じて「虎の巻」の語源になったと考えられてもいて、地名で探ると、チグリス川のチグリスに辿りついた。



 鳥も、虎も、素早いことで変わりはない。異なるところは、鳥は空を飛び、虎は地を駆けるところである。

 ちなみに、「タイラ」、つまり平氏は、桓武天皇から下賜された姓だというが、カンムは、古代ヘブライ語では、「カン」は「光」を意味し、「カンプ」だと、「闘争」を意味するという。桓武天皇は、「あめくにおしひらきあめのしたしらす」とも呼ばれたそうで、古代ヘブライ語で解釈すれば、神武天皇(モーセともいわれている)のように、意味が通るかもしれない。

 また桓武天皇は、「カシワハラ」とも呼ばれていたそうで、古代ヘブライ語では、「カシ」は、「貸し」や「足枷」、「不自由」、「束縛」や「呪い」を意味し、「ハラ」は、「払う」、「適う」、「達する」などを意味し、桓武天皇の業績をみると、平城京から長岡京に遷都した挙句、更に平安京に遷都するなど、旧体制の足枷などの束縛を打破し、新体制を築いた人生などが思い浮かび、なんとも意味深い呼称であることがわかる。

桓武天皇
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%93%E6%AD%A6%E5%A4%A9%E7%9A%87

 平氏とくれば、今度は源氏だが、「ミナモト」で、古代ヘブライ語から検索していくと、どうも、「ミズモト」という訛りから、水源という意味は現れてくるのだが、いまいちしっくりとこない。「ミモト」なら、身元という意味にはなる。

 ともあれ、源は、海と関係があるようだ。

 源氏は嵯峨天皇を起源とするらしいから、「サガ」は、古代ヘブライ語では、「性(サガ)」で、これまた、「源」と同じ、「起源」を表す。また清和源氏が有名だが、「セイワ」は、「セイ」で、「聖」で「正しい」という意味になる。

 正しいの逆の「間違い」は、古代ヘブライ語では、「サーイ」となり、「悪魔」を意味するそうだ。災難のサイだという。

 さて、古代イスラエルの正統な継承者であるなら、三種の神器をもたなければならない。古代日本語でいう八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣(「草薙剣」)で、聖書でいう、十戒の石版、マナの壺、アロンの杖である。

 そこで、古代ヘブライ語で考えると、十戒の石版は、「トーラー(十)の救いの教え」となり、「虎の巻」で、「トリの教え」となる。「トリ」は、英語の「ツリー」の語源で、古代ヘブライでは、「木」を、「トリ」と呼んだそうである。



 アロンの杖も、生命の木を思い出させるが、人智学から、これは「メリクリウス(水銀)の杖」で、生命の木の操作を意味するものと考えられる。つまり、呼吸により言葉を話すことに相当する。

 モーセは、日本語では、「申せ」の意味をもち、「守り」の意味ももち、モーセは古代ヘブライ語の「ミシュ」から、「水から救われた」という意味ももち、金属のなかで常温でも水の状態の液体である水銀と一致する。

 つまり、言葉を生かせ、ということなのだろう。有言実行ということである。

 そして、マナの壺だが、八咫鏡が十戒の石版で、天叢雲剣がアロンの杖なので、八尺瓊勾玉になる。

 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を古代日本語で考えると、「やさか」は、八坂で、古代ヘブライでいう、「神を崇めよ」で、「にの」は、「陰陽を踏まえて」で、「まがたま」は、「完全体への克服」と解釈でき、「完全体になるために、陰陽を踏まえて、神を崇めよ!」という意味にとれる。



 だから、三種の神器の意味は、神を信仰し、共に助け補い合うように、言葉を生かし、実行にうつしなさいということになる。

 また、カバラは、「か」は十字架の「架」で、天秤にかける意味をもち、「ばら」は、「ばれる」、「ばら」、または薔薇につながり、薔薇は、神秘学では、人間の血を意味し、罪ともとれるから、カバラとは、罪が明らかになるという意味になる。

 生命は、声明ともとれるし、声明の木は、声明の気にもとれる。気は、宇宙を巡る神の言葉である。

 まだ、探求中だが、恐らく、ノアの箱舟は、生命の木のことを表すのだと思う。聖書には、ゴフから箱舟がつくられたとあるが、ゴフが「護符」なのかどうかが、怪しい。

 護符ならば、ノアの箱舟は、神の言葉を唱えることで、つくられて、アララト山に到達したというのは、アララトを古代日本語で読めば、「歩く」という意味になる。山を歩くとは人生のことなので、つまり、人生そのものがノアの箱舟そのもので、人智学でいう肉体と一致することになる。

 つまり、ノアの箱舟は、人間の言葉で、三次元世界のことである。だから、ノアの箱舟とは、古代日本語でいう神輿のことで、トリとは、日本語の「とる」、神秘学でいう叡智のことで、神様、つまり良心を拝することになる。

 宇宙は、神の言葉からなり、キリストが、「人はパンのみに生きるにあらず、神の言葉で生かされる」といったように、人間の正しい言葉の用い方により、神の子である人間は、神に近づいていくことができるわけである。

 古代ヘブライ語と日本語の関係から、古代の叡智が理解できるのは本当に不思議なことである。日本の歴史も、この関係から考えるとわかりやすくなるかもしれない。

 部分的な関係から、全体の構図がわかりやすくなるということは、宇宙全体が神により統一されている証拠ともいえる。





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Last updated  2012年02月23日 00時26分29秒
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