シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年03月06日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
つづき
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なぜ過剰な詰め込みなのか?

 よく言われることだが、現教科の内容は過剰気味である。これほどのノルマを、全員に強いる値打ちがどこに有るのだろうか?レベルを下げろと聞こえるかもしれない。しかし、教育の改革で、日本「全体」のレベルは、むしろ上がるだろう。

 今の教育は、全員スーパーマン・・・つまり万能者を目指している。しかし、それは不可能な挑戦である。国民全体としてそうなるのが、無理のない姿というものだ。人間本来の姿、つまり分業化である。グループを分け、個人の得意分野を伸ばすのだ。

 天才や秀才は、いつの時代にも存在しており、現在の教科レベルでさえ、物足らない生徒は存在する。グループ別教育なら、そのような問題も無い。現在、それは大学で一部実現されている。

 義務教育では、制度が枷(かせ)となっている。結局今は、中途半端な切り捨てプランが精一杯である。

 天才には「彼らを待ってやれ・・・」と足踏みさせ、
 鈍才には「彼らを待たせるな・・・」と尻をたたいている。



 繰り返すが、現代教育は、「社会に出てから役立たない」

 と言われる。多様な個人の能力を、記憶力一本で評価するからだろう。暗記量に応じて点数が決まる。こんな評価の仕方が、偏っているのは否めない。いや、本来は、評価そのものが必要ない。人間の個性は多種多様であり、優劣が付けがたいからだ。

絨毯の量産

 日本人が現代の子供に施してきた教育は、のっぺりとした、絨毯のような社会人を量産した。長さを切りそろえられた人々である。それは、教育界の大失敗だった。その弊害が明らかになりつつある。

猿まね日本

 日本人は、発想の無い国民だと言われる。確かに、特許の出願は数では多いのに、内容は「応用特許」ばかり。「基本特許」と呼ばれるものは少ない。日本は、今まで無かった物、新しい物を開発するという力が乏しい。

 過去、後進国だった日本は、諸外国の模倣に徹していた。そのころは、それで仕方がなかった。しかし、現代でもやはり猿まねなのだ。特許の傾向が、それを物語る。諸外国との違いは歴然だ。理由は、個性無視の教育を続けてきたためである。日本には、独創的な人間が育たなかった。

 特殊な事情として、日本人には「慎みの美学」がある。人と違った行動をしたがらない保守的な国民である。しかし、それを加味しても、やはり独創性が欠けている。

 私事だが、一例を挙げよう。

 ある商品を発明して、ケミカルメーカーを訪問した。すると、応対に出たのは課長クラスではなく、現場の担当者のようだった。彼らは、まずそのアイデアの全貌を知りたがった。私は、もっと上司の人と話がしたかったので、多くは語らなかった。すると、彼らはこう言った。

 「いくら秘密にしても、分析すればわかるんですよ・・・」



 どこかの会社が、斬新なアイデアの製品を出せば、それを買ってきて分析し、同じ商品を作ろうとする。こうした事を繰り返してきたため、こんな言葉が口を衝いて出たのだろう。

 「大メーカーが、町のアマチュア発明家の発想を盗んでいる」

 私は、こんな話しは何度も聞いている。メーカーは、個人の発想を利用して肥え太ったのか?それは裏返せば、町の発明家という人材を踏み潰してきた事になる。日本全体がこうした状況なら、発明家が生きてゆけないのも当然だ。

 日本企業は、いまだにアイデアの盗み取りを繰り返しているのだろうか?日本が諸外国から嫌われるのも、こうした背景があるからだろう。まさに、「猿まね日本」である。欧米でも、同じく外国製品の分析は行っている。しかし、彼らは基本特許を充分持った上でそうしている。意味が違う。

 日本車は、最近かっこよくなった。日本もここまで向上した。捨てたもんじゃない・・・


 こうした、センス・・・つまり、デザインや発明のそれは、その人独自のものだ。つまり、「生え抜き」である。持って生まれたものゆえ、別人で代用はできない。

 独創的人材を、育てて来なかったた日本は、今になって困り果てている。人材がいなかったのではなく、踏みつぶしてきたのである。気持ちを入れ替えて、日本が方針転換しても、人材育成にはあと二十年かかるだろう。日本人が世界の中で尊敬を受ける日は、いつ来るのだろうか?

中国の知恵

 一方中国は、個性開発の面で日本より進んでいる。中国人のコンピュータプログラマは「優秀だ」と言われているが、なぜそうなのかを考えてみよう。

 彼らは、日本人の技術者が、2~3人で2年、3年かかるソフト開発をわずか半年で、しかも一人でやり遂げてしまう。レベルが違うのだ。

 ソフト業界での生き残りは、画期的な技術が不可欠だ。彼らのような人材は、喉から手が出るほど欲しい。こんな人材に乏しい日本は、このままでは取り残される。

 中国の、この優秀なプログラマーを産み出した教育が、「個性重視」のそれである。プログラムに必要なものは高度な数学力だが、中国政府は、苦手科目があってもとがめず、「一つ秀でていれば良い」とした。数学だけできれば、教師から高く評価してもらえるのだ。彼は安心して、日夜邁進する。

 一芸に秀でた人材を、子供の頃から重視する国・・・。優秀な中国人プログラマーは、このような畑からやってくる。

天に目を向ける国

 学生を他の煩いから開放する・・・そして英才教育を施すのは、確かに頭の良いやり方ではないか。こんな諺がある。

「天は二物を与えず」

 これを中国は信じ、日本は信じなかったのか?他の教科に足を引っ張られない分、飛びぬけた秀才が育つ。・・・確かにそうだろう。

 社会で役立たないものより、役立つものに時間を使う・・・それが、社会貢献の準備である。一芸の天才が集まる中国と、百芸の凡才がひしめく日本・・・どちらが、未来明るいのだろうか?

 天の摂理に目を向け、先の世を見越した中国には、やがて日本を抜き去る日が来るのかもしれない。





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Last updated  2012年03月07日 11時05分19秒
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