シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年03月16日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
以下は引用のつづきである。
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サムエル記第一 17:20
 ダビデは翌朝早く、羊を番人に預け、エッサイが命じたとおりに、品物を持って出かけた。彼が野営地に来ると、軍勢はときの声をあげて、陣地に出るところであった。
サムエル記第一 17:21
 イスラエル人とペリシテ人とは、それぞれ向かい合って陣を敷いていた。
サムエル記第一 17:22
 ダビデは、その品物を武器を守る者に預け、陣地に走って行き、兄たちの安否を尋ねた。
サムエル記第一 17:23

サムエル記第一 17:24
 イスラエルの人はみな、この男を見たとき、その前を逃げて、非常に恐れた。
サムエル記第一 17:25
 イスラエルの人たちは言った。「あの上って来た男を見たか。イスラエルをなぶるために上って来たのだ。あれを殺す者がいれば、王はその者を大いに富ませ、その者に自分の娘を与え、その父の家にイスラエルでは何も義務を負わせないそうだ。」
サムエル記第一 17:26
 ダビデは、そばに立っている人たちに、こう言った。「このペリシテ人を打って、イスラエルのそしりをすすぐ者には、どうされるのですか。この割礼を受けていないペリシテ人は何者ですか。生ける神の陣をなぶるとは。」
サムエル記第一 17:27
 民は、先のことばのように、彼を殺した者には、このようにされる、と答えた。
サムエル記第一 17:28
 兄のエリアブは、ダビデが人々と話しているのを聞いた。エリアブはダビデに怒りを燃やして、言った。「いったいおまえはなぜやって来たのか。荒野にいるあのわずかな羊を、だれに預けて来たのか。私には、おまえのうぬぼれと悪い心がわかっている。戦いを見にやって来たのだろう。」
サムエル記第一 17:29

サムエル記第一 17:30
 ダビデはエリアブから、ほかの人のほうを振り向いて、同じことを尋ねた。すると民は、先ほどと同じ返事をした。
サムエル記第一 17:31
 ダビデが言ったことを人々が聞いて、それをサウルに知らせたので、サウルはダビデを呼び寄せた。
サムエル記第一 17:32

サムエル記第一 17:33
 サウルはダビデに言った。「あなたは、あのペリシテ人のところへ行って、あれと戦うことはできない。あなたはまだ若いし、あれは若い時から戦士だったのだから。」
サムエル記第一 17:34
 ダビデはサウルに言った。「しもべは、父のために羊の群れを飼っています。獅子や、熊が来て、群れの羊を取って行くと、
サムエル記第一 17:35
 私はそのあとを追って出て、それを殺し、その口から羊を救い出します。それが私に襲いかかるときは、そのひげをつかんで打ち殺しています。
サムエル記第一 17:36
 このしもべは、獅子でも、熊でも打ち殺しました。あの割礼を受けていないペリシテ人も、これらの獣の一匹のようになるでしょう。生ける神の陣をなぶったのですから。」
サムエル記第一 17:37
 ついで、ダビデは言った。「獅子や、熊の爪から私を救い出してくださったヤーエは、あのペリシテ人の手からも私を救い出してくださいます。」サウルはダビデに言った。「行きなさい。ヤーエがあなたとともにおられるように。」

 今やダビデの信仰は、誰のものよりも強い。しかし神は、彼を守るのか?

 サウル王はダビデの熱意に負けて、彼を送り出した。

サムエル記第一 17:38
 サウルはダビデに自分のよろいかぶとを着させた。頭には青銅のかぶとをかぶらせ、身にはよろいを着けさせた。
サムエル記第一 17:39
 ダビデは、そのよろいの上に、サウルの剣を帯び、思い切って歩いてみた。慣れていなかったからである。それから、ダビデはサウルに言った。「こんなものを着けては、歩くこともできません。慣れていないからです。」ダビデはそれを脱ぎ、
サムエル記第一 17:40
 自分の杖を手に取り、川から五つのなめらかな石を選んできて、それを羊飼いの使う袋、投石袋に入れ、石投げを手にして、あのペリシテ人に近づいた。
サムエル記第一 17:41
 そのペリシテ人も盾持ちを先に立て、ダビデのほうにじりじりと進んで来た。
サムエル記第一 17:42
 ペリシテ人はあたりを見おろして、ダビデに目を留めたとき、彼をさげすんだ。ダビデが若くて、紅顔の美少年だったからである。
サムエル記第一 17:43
 ペリシテ人はダビデに言った。「おれは犬なのか。杖を持って向かって来るが。」ペリシテ人は自分の神々によってダビデをのろった。
サムエル記第一 17:44
 ペリシテ人はダビデに言った。「さあ、来い。おまえの肉を空の鳥や野の獣にくれてやろう。」
サムエル記第一 17:45
 ダビデはペリシテ人に言った。「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍のヤーの御名によって、おまえに立ち向かうのだ。
サムエル記第一 17:46
 きょう、ヤーエはおまえを私の手に渡される。私はおまえを打って、おまえの頭を胴体から離し、きょう、ペリシテ人の陣営のしかばねを、空の鳥、地の獣に与える。すべての国は、イスラエルに神がおられることを知るであろう。
サムエル記第一 17:47
 この全集団も、ヤーエが剣や槍を使わずに救うことを知るであろう。この戦いは主の戦いだ。ヤーエはお前たちをわれわれの手に渡される。」

神と神の戦い

 ペリシテ人の陣営にも神がいる。彼らはその神に戦勝を願った。

 一方のイスラエルは、全地を治めるヤーエに望みを託す。

 これはもはや、神と神との戦いとなった。

サムエル記第一 17:48
 そのペリシテ人は、立ち上がり、ダビデを迎え撃とうと近づいて来た。ダビデもすばやく戦場を走って行き、ペリシテ人に立ち向かった。
サムエル記第一 17:49
 ダビデは袋の中に手を差し入れ、石を一つ取り、石投げでそれを放ち、ペリシテ人の額を打った。石は額に食い込み、彼はうつぶせに倒れた。
サムエル記第一 17:50
 こうしてダビデは、石投げと一つの石で、このペリシテ人に勝った。ダビデの手には、一振りの剣もなかったが、このペリシテ人を打ち殺してしまった。
サムエル記第一 17:51
 ダビデは走って行って、このペリシテ人の上にまたがり、彼の剣を奪って、さやから抜き、とどめを刺して首をはねた。ペリシテ人たちは、彼らの勇士が死んだのを見て逃げた。
サムエル記第一 17:52
 イスラエルとユダの人々は立ち上がり、ときの声をあげて、ペリシテ人をガテに至るまで、エクロンの門まで追った。それでペリシテ人は、シャアライムからガテとエクロンに至る途上で刺し殺されて倒れた。
サムエル記第一 17:53
 イスラエル人はペリシテ人追撃から引き返して、ペリシテ人の陣営を略奪した。
サムエル記第一 17:54
 ダビデは、あのペリシテ人の首を取って、エルサレムに持ち帰った。武具は彼の天幕に置いた。
サムエル記第一 17:55
 サウルは、ダビデがあのペリシテ人に立ち向かって出て行くのを見たとき、将軍アブネルに言った。「アブネル。あの若者はだれの子だ。」アブネルは言った。「王さま。私はあなたに誓います。私は存じません。」
サムエル記第一 17:56
 すると王は命じた。「あなたは、あの少年がだれの子か尋ねなさい。」
サムエル記第一 17:57
 ダビデが、あのペリシテ人を打って帰って来たとき、アブネルは彼をサウルの前に連れて行った。ダビデはペリシテ人の首を手にしていた。
サムエル記第一 17:58
 サウルはダビデに言った。「若者。あなたはだれの子か。」ダビデは言った。「私は、あなたのしもべ、ベツレヘム人エッサイの子です。」
サムエル記第一 18:1
 ダビデがサウルと語り終えたとき、ヨナタンの心はダビデの心に結びついた。ヨナタンは、自分と同じほどにダビデを愛した。
サムエル記第一 18:2
 サウルはその日、ダビデを召しかかえ、父の家に帰らせなかった。
サムエル記第一 18:3
 ヨナタンは、自分と同じほどにダビデを愛したので、ダビデと契約を結んだ。
サムエル記第一 18:4
 ヨナタンは、着ていた上着を脱いで、それをダビデに与え、自分のよろいかぶと、さらに剣、弓、帯までも彼に与えた。
サムエル記第一 18:5
 ダビデは、どこでもサウルが遣わす所に出て行って、勝利を収めたので、サウルは彼を戦士たちの長とした。このことは、すべての民にも、サウルの家来たちにも喜ばれた。
・・・
 戦況を一気に覆した「ダビデの武勲」は、イスラエルの歴史と民の記憶に刻まれている。

 そしてまた、「神は斯(か)く戦う」・・・という教訓も。

日本に流れる『正々堂々』の精神文化

 一騎打ちで、面と向かって戦い、敵の武将の首をはねて「勝利の証」としているあたりは、日本の時代劇を思わせる。

 それは、日本に流れる精神文化が、「古代イスラエルのもの」という一つの示唆に他ならない。西洋の中世などに見られる一騎打ちは、古代イスラエルから流れ込んだ精神文化だと考えている。

 ダビデが叫んだ神の名前

 「万軍のヤー」は、日本の神「八百万-ヤオヨロズ」と同じ意味を持つ。

 従って日本は、「正々堂々」をバックボーンにした「イスラエル文化の国」なのである。

 小手先の業はむなしい。

 戦いは『神の力』で勝利する・・・

 神の民であるイスラエルにはそうした認識があった。そこでイスラエルの軍は、どの軍よりも「正攻法」を重んじた。

 ダビデは真正面から向かっていったが、彼の投げた石が数センチ的をはずしていればゴリアテに殺されていただろう。

 ダビデは「神の加護」を疑わなかった。

 彼が普段から、神の示した「正道」を歩み続けていたからだ。

 よって「正々堂々」は、「普段の生き方」を含めた「裏表のない人生」を意味する言葉である。

 「正しく歩む者は、神の助けで勝利に導かれる」・・・

 それは聖書の語る「法則」であり、古代の武将もまたこれを心得ていたのだ。

 乱れた生活や、逸脱した背教に浸りこんだ愚か者が、神の加護を受けるはずもない。

 イスラエルの歴史は、『その通り』を繰り返してきた。

今も昔も、神の民は清さを保ち、『正々堂々』と生きてこそ勝利を得るのである。

余談:神の民と取り締まり

 「止まれ!」

 「何ですか?」

 「スピード違反だ!」

 「汚いなあ」

 彼が述べた『汚い』という言葉の意味は理解できるだろう。

 物陰にこっそりと隠れて違反者を検挙する。

 『汚い』は、この手法を指した評価である。

 「正々堂々」から離れてしまえば、「正々堂々」を好む民から悪く評価されるのは当然だ。

 ヤマト民族は、「正々堂々の民」だから、御上はその「手本」を示すものだと思っている。

 天皇に直結する「御上」は、昔から「手本」とされてきた。

 過去のある時期、交通警察は諸国民から取り締まり手法を学び、交通社会に『卑怯』を持ち込んだ。

 だから民の心は、彼らを離れ去った。

 それは神の摂理であり、「自業自得」というものである。

 (現在、官僚は卑怯の代名詞となっている。)





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Last updated  2012年03月21日 10時35分28秒
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