シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年08月08日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 「ガイヤの法則」で、シュメールの神官は、自分たちの文明が、約1万年前に存在したことを語っているが、恐らく、その文明とは古代アトランティス文明のことだろう。

 古代アトランティス文明は、シュタイナーの講義の紹介でも、何度も述べているが、人智学でいうところのエーテルの文明である。

 現代文明を、物質文明とすると、秘教では「土」で表すので、エーテル文明は、「水」の文明といえる。

 このシュメールの神官が述べているように、縄文人が、一度つくった土器や土偶を、一定期間過ぎると、壊して土に埋めるのは、水の文明の遺産といえるわけで、いわゆる現代でいう循環の思想である。

 循環の思想で有名なのは、老荘思想である。

 シュタイナーは、老荘思想は、古代アトランティス文明の遺産のようなものであると述べているが、古代中国や日本文化に根強く残っているのは、中国人と日本人が、その末裔であることを意味しているのだろう。

 循環の思想は、特に風水として残っている。家康と懇意だった僧の天海がつくった日光東照宮の建物にも、この循環の思想が生かされていることがわかる。完全に完成させずに、一部未完成なままにしておくなどである。

 例えば、「見ざる、聞かざる、言わざる」の猿などは、見ても見ない、聞いても聞かない、言っても言わないなどの、陰陽の老子の教えを体現しているように思える。陰には陽を、陽には陰を補完することを意味している。

 老子は唯物思考ではわからない、現代の一方通行的な教育では捉えられない叡智だからである。女が益々女らしくなることで、男が益々男らしくなることを意味するからである。男が、女らしさを教えることはできず、女が男らしさを教えることもできない。自分とは違う存在、自分にないものは教えられない。



 シュメールの神官によると、人間が人間を教育するのは自由に反するのと、未熟な者が教えることはできないので、現代のような教育は行われてなかったという。全ての生活の場は、円形を基本につくられたので、円周状に並んで、共に中心にある神々を想定して踊ることで、空間から情報や知識を得ていたという。

 つまり、シュメールでは、知識は、空間にあり、その知識が必要なときに、必要な手続きの踊りを踊ることで、再現していたという。

 だから、現代人が経験などを言語等の情報という知識に一度置き換え、論理などを構築して、間接的に活用することに、一種のまわりくどさを感じるようである。

 シュメール人は、経験はそのまま空間に、いわば記憶として残っているので、記憶として遺した行為と同じような行為を通じて、経験が甦ると考えているからである。

 例えば、キリストを甦らせるには、キリストと同じ行為をすればいいわけだ!

 これとは逆に、現代人の多くは、過去の多くの行為を、論理というフィルターを通すことで、私物化して構築した観念を絶対だと盲信させるような宗教を普及させ、自分が教祖となり、他の信者や奴隷を支配するために主張する。

 そのような宗教家は、観念のなかだけに生き、日常生活を超えて一体何の修行があるのだろうか?

 人智学のエーテルの概念を理解すれば、このシュメールの神官が言っていることが理解できる。

 このことは、例えば、人間の脳を考えればよくわかる。脳は、人体から、あらゆる情報を取り出してきて、覚醒意識を土台として、イメージやヴィジョンを形成しているわけで、脳が、人体から行っている、この映像構築を、人体ではなく、そのまま、空間にあてはめて考えてみればよい。

 人体が脳に情報を提供する感覚器官になっているから、人間は思考ができるわけで、人体の外にまで、その感覚領域を拡げていけば、思考が制限されることはない。

 つまり、逆説的にいえば、脳は、自らの理念に沿う情報だけを取り出して思考手続きを行っているわけで、だから思考自らが、思考を制限していることになる。



 実は、ソクラテスは、このこと、つまり思考自らが思考を制限することを、無知の知として表現した!

 つまり、思考自らが思考を制限している限り、その思考にそぐわない思考は拒絶、もしくは対立せざるをえなくなるわけである。

 このことを現代人の多くは理解していない。

 だから、このシュメールの神官もいうように、思考を超えないといけない。

 思考を超えるには、まず感覚領域を拡げることで、思考の先にくる理念、感性を拡げることにある。



 思考を超えるには、現代の思考が直線的な線形からなることを理解すべきで、円の感性へと飛躍しなければならない。つまり、円熟する必要がある。老子が説くのも、この点にある。

 この円熟に到達するには、少なくとも人体の感性を超えないといけない。

 空間全てを感じないといけない。だから、シュメール人は踊って感性を身につけた。空間のなかに躍動する精霊とともに踊った!

 古代の巫女は、幼いうちから、空間の霊たち、自然の精霊たちと踊ることができたそうだ。それを可能にするのが、献身の姿勢だという。

 巫女が、自然と戯れることで、地上の自然の母性の感覚を霊的に発現させ、神官が、神殿をつくり、宇宙の秩序の父性の感覚を、神霊として降ろしてくることで、神霊と巫女の交わりから、子孫を産むことで、霊的感覚が継承されてきた。

 だから、霊的感覚は、血の純化が必要なので、同族婚により継承されてきた。

 霊的感覚のことは、現代のスポーツ選手が、人体を超える感覚を手に入れていることからわかる。例えば、プロ野球選手が、グラブやバットやボールの野球道具を、鍛錬から身体の延長上の感覚として獲得するように、ダンサーが、鍛錬から、空間を直接の感覚として獲得することもできるはずだ!

 音楽家のもつ絶対音感や数学者のもつ数式感覚などもその類である。

 また他の喩えで、歴史上の出来事の目印として、記念碑などを設置するのは、古代人が、空間から、記憶を取り出していたことの遺産なのである。だから、古代人が歴史的な遺産や記念碑のある場所や空間にいくと、その出来事が甦ってきたそうだ。古代人は、地上全体が感覚器官だった!

 現代人が、歴史的遺産を甦らせることはできない。もはや唯物思考に染まってしまい穢れたからだ! ただただ現代的にアレンジするしかない。嘘で塗り固めるだけだ!

 日本列島が穢れていることを感覚を通して理解できないのは、自然破壊を平然と行っていることからわかる。そこに罪悪感などはない。地震は大地の悲鳴である。現代人よ! 罪に気づきなさいという怒りと鼓舞である。

 現代人は、思考することで、束縛されている。だから、自らの思考に埋没してはならない。

 来るべき日本の水の文明は、古代アトランティス時代の水の文明の再生でもあるが、次回から、ガイヤの法則を基に、そのことを、老子や神道から読み解いてみたい。





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Last updated  2012年08月08日 11時49分05秒
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