シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年08月08日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 「ガイヤの法則」の著者は、「老子の法則」という本も出している。老子のいわんとしたことが簡便に書かれている。

 その内容のなかで、私が気づいたことは、後々このブログに書いていきたい。

 その前に、シュタイナーが、人智学で説明しているタオについて、以前にも、このブログに転載したが、改めて考察するために転載したい。

 「ガイヤの法則」と「老子の法則」を読んで、神道とのつながりが、わかるようになったからでもある。

 実は、神道(しんとう)は、「しんタオ」なのではないかと思ったからである。「しん」は古代ヘブライ語では、「深い」、「正しい」という意味をもち、日本語の「浸透」にも聞こえるからである。

 つまり、タオが深く浸透したのが、神道なのではないか?というわけである。

 では、シュタイナーの講義を再び転載する。

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 太古の偉大な宗教創始者たちは、同一の中心地から送り出された。ヨーロッパの学者たちが驚嘆した古代バラモン教の叡智もまた、そのような創始者たちが、太古のインドにもたらした叡智の残像である。この同一の中心地から、様々な仏陀が、アジアに派遣され、様々な宗教の信者たちに、その福音をもたらした。



 「あなた方の知っている教えは、我々の秘儀参入者の叡智に比べれば、子ども騙しのようなものだ!」

 ギリシア民族の偉大な教師ピタゴラスもまた、この中心地から派遣された。また、将来、キリストの教えとして普及していくイエスもまた、この中心地の出だった。

 このように様々な宗教が、かつて最高の人智を育てた中心地の存在を指し示している。諸宗教の各々の特質が、このような中心地の存在を確信させる。諸宗教の様々な教義の中に、共通したものが見い出せるということは、近代の実証主義的な文化史家たちによっても、認められてきた。

 ゾロアスター教、古代のインド教、仏教、それどころか古代アメリカに栄えた宗教でさえも、その凡ての中に、素晴らしい一致を示す共通の要素が見られる。しかし学者たちは、この一致を外的な事情によるものと誤解している。その一致を解き明かすための鍵が失われてしまったので、十分に深く問題を掘り下げることができないでいる。

 けれども、諸宗教の根底に存する叡智の核心に本当に出会うことができれば、諸宗教の各々の教義を通じて、この一致が外的な事情によるのではなく、同じ叡智の核心から発していることを確信できるだろう。宗教の教義は、各々の民族のもとで、異なる時代に異なる形で、この核心を表現してきた。

 アジアに眼を向けると、今日の感覚からは、宗教とは考えられないような、太古の宗教の生き残りが見つかる。それは中国の不思議な文化の中に見つけられる宗教である。

 それは、孔子の儒教でも、インド、中国で普及した仏教でもなく、古代中国の宗教の生き残りである「タオ」の道教である。

 この宗教は、人間を、タオに向けさせる。タオとは、目標、もしくは道と訳されるが、この訳語からは、この宗教の本質について明確な観念を持つことはとても困難だろう。

 タオという言葉が表現するもの、そして既に数千年前に、人類の大部分のために表現されていたものは、人類が仰ぎ見ることのできた至高の存在なのである。

 この存在は、人間の内部に、神聖の萌芽として担われ、いつか、人間の本性の奥底から見事な花となって咲き出るような至高の存在と考えられていた。タオは魂の奥底に隠れている根源であると同時に、崇高な未来をも意味していた。

 タオは、その言葉の意味を知る者にとっては、口にするのさえ畏れ多く、その存在を考えるときでさえ、畏怖の感情を呼び起こした。タオ教の教義は、発展(進化)の原理に基づいていた。従って、その教えに従う者は次のように語る。



 私は自らの内に、そのような大きな力を感じる。しかも私だけでなく、凡ての存在が同じ目標に向かって進んでいる。私の中の、この力は大自然の力でもある。同じ力が風からも吹き、石からも鳴り響き、稲妻からも輝き出て、そして雷鳴から響いてくる。

 その力は太陽から、光となって送られてくる。その力は植物においては生長力となって現れ、動物においては知覚や感情となって現れる。その力は、あの崇高な目標に達するまで、大自然の中で諸形態を生み出し続ける。

 私は、その力を通して全自然と1つになる。私が息をするたびに、その力が私の中から外へ流出し、内に流入する。その力はまた、自らも進化を遂げる至高の霊の象徴であり、生命でもある。この力を私はタオと感じている。」

 この宗教では、彼岸の神については、特に何も語らず、また、その世界の外の事柄についても語らない。ただ人類の進歩のために役立つ力だけについて語る。

 タオはアトランティス時代の人々には、身近な存在だった。当時の人間は神的な源泉と結びついていた。私たちの祖先の、このアトランティス人たちは、現代人のような発達した知性を持たなかったが、代わりに、高度な夢の感覚意識を持っていた。



 当時の人間の魂の世界は、現代人の魂の世界とは全く異なっていた。今日の人間は、周囲の世界について、できるだけ詳しく知り、理解しようとする。対照的に、当時の人間は、魂の内部に生命力をもって現れる象徴的、比喩的なイメージを体験した。

 今日の人間が誰かに出会うとき、その人間が善人か悪人か、賢いか愚かかについて、明確な概念を得ようとし、冷静に外側から見て、その人間を説明するのに適した概念を得ようとする。

 このようなことはアトランティスの時代の人間にとっては、あり得ないことだった。その時代の人間の心の中には、イメージが浮かび上がり、今日の知的な概念などは浮かび上がらなかった。

 アトランティス人たちが悪い人間に出会うと、心の中に濁った暗いイメージが生じた。その知覚内容は概念的には把握されなかったが、このイメージに従って身を処した。明るく美しいイメージが夢のように魂の前に現れたとき、出会った相手に信頼を寄せることができた。黒か赤か褐色が現れたときには、そのイメージから相手に恐怖を感じた。

 真実は、いまのように、知的な形ではなく、直感として閃いた。彼らは、そのイメージを通して、自分の内部に神が生きている、と感じていた。その神は、吹く風の中で、木々のざわめきの中で、または魂の内部のイメージとして、自らを語っていた。

 そのようにして神は、未来の崇高な目標に眼を向けるように、と人間を促し続けた。アトランティス人はその神を、タオと呼んだ。この人類の後に続いた現在の人類は、異なる形で神と向き合っている。現代人の直感力は、かつての力を失ったが、その代わり、知的な思考力を発達させた。

 その思考力は、かつての直感力に較べて、見方次第で、高いとも、低いとも言える。現代人は周囲の外的な対象について鋭い理解力を持つ点では、当時の人間よりも高い場所に立つが、神的なタオの力との関係を感じることはもはやできない。

 従って、現代人の知る世界は、自分の魂の中に現れる限りでの狭い世界なのだが、その一方では、鋭い理解力を働かせ、この世界に対峙している。対して、アトランティス人は神的なイメージを自分の内に感じていた。

 現代人は外なる世界に眼を向け、そして耳を傾ける。その場合の外と内は対立し、両者を結びつける絆はどこにも見つからない。このことに気づくことが、人類の進化にとって大きな意味を持っている。

 大洋の海水が諸大陸を覆ってしまった後で、大地が再び隆起するようになって以来、人類は内部に感じるものと外界に現象するものとの間の絆を再び見つけ出したいと願っている。

 religareというラテン語は、「宗教」の意味を正しく言い表している。すなわち、それはかつて結ばれ、今は別れているものを、つまり、世界と自我とを、再び結びつける、という意味なのである。

 (「結ぶ・繋がる」を意味するラテン語「religare」が「religion」(宗教)となった。ちなみに、古代ヘブライ語で読むと、「re(レ)」は「見る」、「lig」(リング)」は、「円形、走る」で、「gare(ガレ)」は「表明」で、「回転として現れるのをみる」となり、「循環を捉える」という意味にも考えられる。)

 諸宗教の教義による様々な形式は、この結びつきを再び見つけ出すために、偉大な賢者たちによって、その都度教えられてきた道であり、手段なのである。

 それゆえに、その諸形式は、様々な形でつくられ、各々の文化段階の人間に理解できるものになっている。

(人間の内部と、外の宇宙とをつなげるのが、次の文化となる。)





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Last updated  2012年08月09日 09時06分04秒
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