シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年08月09日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 「理科離れ」が報道される度に思うことがある。

 そもそもそんなに理科が必要なのか?ということである。

 実は理科系出身の私は、いま文系分野とされる勉強に夢中になっている。そもそも、どんな学問も究めれば、ギリシャ哲学に到達するのだから、初等レベルの分野をああだこうだといっても無意味なのではないかと思う、恐らく、理科系教師が生徒が少なくなると困るから宣伝しているのだろう、と疑っている。

 必要と思うのなら、自分で学べばいいだけだ!

 問題は、学ぶ姿勢ができているかどうか、自己教育する気持ちがあるかどうか、だと思う。

 初等教育レベルでいうのなら、むしろ理科なんかよりも、日本語の国語離れや日本史の社会離れの方が深刻だと思う。日本社会で生きるのなら、初等レベルでは、話が通じない。だから、世代間のコミュニケーション不足などが生じるのだろう。

 つまり、国語や日本史が初等レベルでは、せっかく日本人として生まれてきた意味、日本文化を理解する意味が薄れてしまうように思う。

 それは現代の政治家の嘘発言や官僚の無味乾燥な魂のない発言をみているとつくづく思う。日本文化を蔑ろにする発言である。どんな社会でも、嘘や心無い機械的発言は蔑視される。日本語が幼稚だから、社会的な信用をなくすわけである。東電の対応などは、科学以前の日本語の幼稚さにある。



 事実、私の経験でいうなら、私は初等理科がまるで駄目だったし、高校のときの物理、数学は零点をとったことさえある。それが逆にあまりに情けなくて、理系に進む理由になったことは確かだが。

 むしろ、文系科目から、アリストテレスの哲学に進み、理科を勉強するほうが、西洋史の根底にある歴史的な流れがわかって、自然であり、批判するだけの妙な科学信仰に陥らなくて済む。

 理科系に進むと、英語、数学、理科が特に重要視される分、国語、社会は疎かになる。国立大学を目指さない限り、古典や日本史を勉強する機会は少なくなる。大学の教養課程でも勉強する機会がつくられるが、そのときにはほとんど興味は薄れてしまうことが多い。

 日本社会で暮らすには、国語と日本史が初等レベルでは、お粗末であろう。過去の人たちが、どうやって日本社会をつくってきたのかが、わからないと、いまの日本社会の有り難味がわからないからである。外国に出てから、日本社会の有難さがわかるのでは、初等以下なのである。

 とにかくも、初等レベルで、ああだこうだといっても無意味だから、できるだけ自分で勉強する姿勢や自己教育の環境づくりが必要であろう。

 環境は充実しているが、広い視野がなく、低レベルなので、自分で課題をもち、能力を開発していく意欲に欠けるのだろう。これは子どものときから、我儘を言って、親からなんでも与えてきてもらったせいであろう。自分で掴むという意欲に欠ける。だから幸福感がない。

 学習塾や予備校などをみていると、商業主義による学問の劣化、教育の機械化、荒廃が行き着くところまでいった感がある。自分にとっては死んだ役に立たない、他人のつくった知識などいくら収集しても、どんなに金持ちになっても、心が貧しい人間と遜色がない。自分の人生で知識を生かさないと意味がない。頭に眠らせていれば、益々痴呆になるだけだ!

 真実を探求する姿勢は、学問の種類によらない。疑問に思ったなら、自分でできるだけ探して学び解決する。それは、さながら犯人捜査のような醍醐味がある。

 例えば、仕事柄パソコンについて聞かれることが多いが、日本語ができていない人が多いのには閉口してしまう。パソコンの操作よりも、日本語の操作を巧みにしてから、質問して欲しいと思うことばかりだ!

 つまり、パソコンに操作されてしまっている人ばかりで、トラブルがあると、自分で解決できずに、すぐに他人に頼ろうとする人が多い。マニュアルも読まないから、トラブルに遭うとパニックに陥ってしまう。マニュアルは日本語で書かれているのにも関わらず、読もうとしないから、読解力もなくなる。



 科学の基本は、トラブルの原因を仕組みから発見して、解決することにある。だから、トラブルに遭遇するのは、自分が進化する切欠なのである。理科を学ばなくても、自己教育ができていれば、なんの問題もない。自分に何が欠けているのかを明らかにしてくれる。

 それよりか、専門家に頼ることは、自分を専門家の奴隷にしてしまうことを意味する。果ては、自分の人生を生きていないことになる。だから占い師や似非宗教家などが繁盛してしまう。

 また、知識だけ集めて、生かすことを知らない知識馬鹿も多い。現実の社会に生きずに、観念のなかに生きて、自分の価値観だけに自己洗脳されている人も多い。そのような人生の果ては、権威に取り入り、権威の道具や奴隷となるだけで、生きていても死んだも同然である。

 どうしてこんなに迷惑な人が多くなったのだろうか?

 日本語の国語教育と、日本史の教育が初等以下なのが原因に思う。日本語で、高度に表現できることは、日本人の心遣いが理解でき、日本文化の美を体現することになる。

 英語がネイティヴにしゃべれても、日本語でしっかりと伝達できなければ、日本社会では迷惑千万なことを自覚すべきである。

 理科離れよりも、日本語離れ、日本史離れ、更には、自己教育の乏しさを問題にすべきだろう。また大学生をみていると、自己教育の乏しさを痛感する。大学生が遊ぶのは結構だが、学問のなかだけにして欲しいものだ。





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Last updated  2012年08月09日 11時26分14秒
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