シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年08月09日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 続けて、シュタイナーの講義を再び転載する。

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 古代インド人は繁茂する植物界と共に生きていた。当時の人々は、植物の御蔭で、夢想的な生活をしていたので、外的な道具や文化をあえて発達させる必要はなく、現代人とは異なる形で、宗教生活を営んでいた。

 平穏な生活をしていると、機械の中で働くときとは違った考え方、感じ方が現れてくる。地上の様々な地域で、外なる自然も、そしてまたそれ故に、人間の内なる魂の生活も様々なものとなり、様々な宗教が、外の自然と人間内部を結びつける絆を求め、師たちは、この絆を見つける方法を、諸時代の諸民族のために各々異なる形で教えた。

 この絆を確かなものにするため、古代アトランティスのタオヘの最初の探求の道は、古代インドのガンジス地方に現れた宗教だった。それは太古の聖仙たちによって与えられた宗教で、その崇高な教えは素晴らしいヴェーダ文学と人間理解力の最高の段階を示す古代婆羅門たちのヴェーダンタ哲学との中に、その面影を響かせている。

 (ちなみに、シュメールの神官は、アトランティス時代後の文明の東側推移を、シュメール文明のエリドゥ→インダス文明のモヘンジョダロ→ガンジス文明→唐文明→明石・淡路?とし、西側推移は、インダス文明のモヘンジョダロ→シュメール-メソポタミヤ文明→ギリシャ・ローマ文明→ロンドンの現代文明としている。

 シュタイナーのアトランティス時代後の文明の推移は、この西側推移とほぼ一致している。)

 この二つは壮大な形で、万象の根底に統一的な宇宙原理が働いていると語っている。その宇宙原理はブラフマン、パラブラフマン、バガヴァッド等々の名で呼ばれた。ヴェーダ文学の内容は、次のように言い換えることができる。

(シュメールの神官の話だと、一元的な宇宙原理は、円とその中心で象徴的に表せるので、三位一体の原理は、中心と、円の直径(半径)と、円周の3つで表現できることになる。恐らく、その各々を、ブラフマン、パラブラフマン、バガヴァッド等で呼んだのだろう。)



 根源の存在は言った。もしも私が私自身によるのでなく、別の誰かによって同定されるのなら、私は私だとはいえないだろう。

 君たちが、ある事柄を特定するとき、まず先に、そのための高次の概念を見つけようとするだろう。例えば、獅子、鷲、犬、狼のような個々の動物たちを同定するためには、猫科、犬科、鳥類などの上位概念を用いなければならない。

 確かに、この世のどんな事柄も、その上位に当る名称をもっている。しかし私は、自分の上位に当るどんな名称ももたない。私は私であるところのものなのだ!」

 これが人間の出発点であり、到達目標である。古代インドにおいても(上位への進化)が問題になった。「進化(発展)」という言葉は、人間が目標を見つけ出すための呪文だった。今日の人間の立っている地点にまで人類を導いてきた何かが存在していたに違いない、と宗教は語る。

 神的な源泉から現在の世界の、今の私たちの立っている通過地点にまで下降しようとする願いが、かつて存在していた。そのような願いが必然であり、真実であるように、この世の果実を再び神的源泉にまで連れ戻す力が存在することも必然であり、真実なのである。

 この力は神の願いによって人間の願いを克服し、神の目標によって人間の目標を純化する力でもある。今日では太古の時代とは全く異なるものが宗教だと思われている。

 今日では内面に開示される神ではなく、外から啓示を与える神が求められている。なぜなら、人間は内と外との間に断絶を生み出さざるを得なかったからである。その結果、人生を「生きる力」の代わりに、今日の意味においての「言葉」が現れる。

 ヴェーダというのも言葉の意味に他ならないが、その言葉を通して、人間の根源と目標について、凡ての世界の原理について、賢者たちが語った。そう語る古代人は、現代人とは全く違った考え方を、「言葉」に対して持っていた。

 後の「言葉」となる「ヴェーダ」、「ロゴス」の本質を語る古代の人々は、その時何を感じていたのか?

 1つのイメージを作ってみる。人間は事物に名前をつける。これは何で、あれは何である、という風に呼ぶ。しかし、人間の口が、そのような事物の名を発するとき、その事物は、人間の口から生じるのではなく、その事物の名はかつて、神的な「根源の魂」が自ら語り出すことで、事物を創造したときと同じ名なのである。

 人間は事物を見、その後で名前を声に出して言うが、かつての根源の魂は、はじめに名前を語り、その後、その名前の言葉に従って、事物をつくり出した。



 根源の魂の言葉は、そのまま事物になった。そして人間の魂が、その後、神性によって組み入れられた言葉を、事物の中から取り出した。いわば眠れる言葉を、事物の中から再び目覚めさせた。言葉に対して、いわゆる宗教感情を持っていた古代インド人は、言葉を通じて、神との関係を展開した。

 従って、自然を奥深くまで洞察できる人の生き方は、文字通り、言葉と結びついていた。そのような人は、自分の語る言葉の中に、かつて神が、宇宙の中に吹き込んだ神性を、直接鳴り響かせることができた。そのような人を、人々は、秘儀参入者だと感じた。

 古代インド人にとって、聖仙たちは普通の人間ではなく、不死の力を獲得していた人だった。彼らの魂は感覚世界ではなく、高次の天界の中に生き、宇宙の根源である神霊たちと交わりを結んでいた。

 このような形で、自分の内にタオを発展させた秘儀参入者を、仰ぎ見ていた人々は、いつか凡ての人がそのような段階にまで達することを知っていた。輪廻転生の教えは、このことと結びついていた。

 かつて仏陀が弟子たちに、「私は一つの人生、二つの人生、三つ、四つ、十の人生、百の人生を回顧する」、と語った言葉は、仏陀の思いつきではなく、実際の知覚体験から語ったものだった。



 そのような繰り返される人生の中で、仏陀は単なる感覚世界の経験からだけでなく、超感覚世界の経験から語り、人類に超感覚世界のことを告げ知らせた。超感覚の認識こそが、凡ての宗教の根源要素だった。

 再度、タオを体験した諸民族のことを考えてみる。その人々は宗教を通して、自分を神と結びつけたのではなく、自分を、神の衣裳、もしくは莢だと思っていた。実際に、直接、神を意識していた。その人々は、現代人のように思考できず、賢くもなかったが、自分自身が、ちょうど果実が種を覆い包んでいるように、神的な核心を覆い包んでいる、と直接意識していた。

 その人々は、この核心を見、感じ、この核心を通して過去を回想し、未来を予見した。それによって自分の中に輪廻転生の教えを感じとった。

 秘儀参入者たちは、当時このような意識をもっていた。古代インド人にはじめてブラフマ文化を与えた彼らは、輪廻転生を実感していた。だから、この地から出た様々な宗教全ては、輪廻転生を教える。人間の様々な活動のなかで、タオが感じとられた。

 現代人の魂は、外から来る強大な力により、切り離されているので、当然、転生の体験を実感できず、限定された魂の体験しか知らない。古代インドに続く進化段階以降は、古代ペルシアの宗教から始まり、北方へと拡がっていった人々の意識の中から、人間の魂が、永遠に転生を続ける核心を包む莢である、という認識が消えてしまう。

 意識は生と死の間の頂点だけに向けられ、宗教(religare)もまた、誕生から死までの間だけを求めるようになった。統一性の代わりに、二元的対立がはじめて強く感じられるようになった。

 古代アトランティス時代のタオの人間は、根源との関係を実感し、古代インドのブラフマンの人間は、人間の内と外で一様に存在するブラフマンを呼び起こそうとした。そして、次のペルシア文化期の人間は、先ず二元性を感じとり、人間の中から生じた内と外との、根源存在と、現在の人間の外見の容姿との対立を感じとった。

 (アトランティス時代後の文明の東側推移のインダス文明→ガンジス文明→唐文明の流れを、インダスがタオの老子の道教の伝承で、ガンジスが仏教の伝承で、唐文明が、孔子の儒教の伝承ととらえることもできる。)

 万物を発する根源の、植物、動物、人間の物質形姿を生んだ言葉に眼を向けるだけでなく、根源から離れた調和的でない存在にも眼を向けた。人間は後者を、根源の神からの堕落と感じた。光と闇、男と女のような、互いに対立し合う二極原理が人間に与えられた。

 それは根源の存在を表現すると同時に、そこからの逸脱の濃縮をも表現している。これが人類進化の第二段階だった。






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Last updated  2012年08月09日 15時08分02秒
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