シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年08月30日
XML
カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 明治維新は、9割までは、慶喜の目論見通りに進んだ。結果的に、徳川家は黙秘を続けることで存続できたので、家康の意向通りに進んだとはいえるが、慶喜の野望は、天皇を傀儡にして、政権を握ることだったので、それを伊藤に掠め取られ、逆に、命を狙われる立場に追い込まれたから、その悔しさといったら、なかっただろう。天から地へと真っ逆さまだ!

 事実、大政奉還までは、慶喜構想で進んだから、南朝から再度、大政を再任されるのを待つばかりと慶喜は思っていたようだ。まさか、長州が裏切るとは思いもよらなかったようだ。

 長州側からみれば、裏切られるのは明らかなのに、慶喜は、自分の頭の良さに自惚れているところがあり、慶喜と接触のある人のほとんどは、頭は良いが、非情で、人でなしという評価だった。

 だから、慶喜は、まさか、戊辰戦争になるとは、思わなかったのだろう。大室天皇が、討幕の密勅を出したときは、青天の霹靂だっただろう。岩倉と伊藤の工作なのは明らかなのだが、慶喜にとっては、長州に、恩を仇でかえされたようなものだろう。

 実際、外国に借金してまでも、徹底的に長州征伐をやっていたら、長州は潰れていたからである。慶喜が、江戸に逃げ帰ってきたときには、相当荒れていたようで、海舟となかばケンカ別れをしたようである。

 結果的に、慶喜構想は、薩長が引き継ぎ、幕府が倒れると、今度は、長州が、薩摩の口封じをはじめ、西南戦争は、その代表的なもので、明治天皇を利用して、伊藤が全てを引き継いでいく。

 伊藤が、大久保を使って、西郷から政権を奪いはじめる切欠が征韓論である。南朝革命を記録から抹殺するには、朝鮮にある王朝の記録を消却しないといけない裏の事情がある。どうも古代史を調べると、南朝は、朝鮮の百済に由来するようである。

 歴史は時の権力者により逐次都合のよいように、書き換えられるので、常識的に考えれば、そこまで考える必要がないことは明白なのだが、伊藤は、孝明天皇を殺し、自分たちが大室を立てたことが露見するのが、余程、恐ろしかったようだ。

 それで、伊藤憲法といわれる明治憲法までつくった。というよりも、伊藤の野望はもはや妄想と化するぐらい巨大だったのだろう。西郷の満州を中心とした大アジア連合まで、奪い取る算段だったようだ。西郷の大アジア連合は、西洋の植民地支配に抵抗するものだったが、伊藤のは、西洋の意向に沿って、日本がアジアを植民地化することだった。岩倉は、晩年、伊藤の野心を知って後悔したようだが、とき既に遅かった。



 この本によると、西郷は、相撲を口実に、明治天皇をよく罰したという、特に明治天皇の女官漁りを戒めるために、「お続けなさると、元の身分に戻しますぞ」とさえ言ったようだ。

 つまり、明治維新は、伊藤に全てを奪われた時点で、勝も西郷も、明治維新の失敗を自覚するようになる。 

 朝鮮にある南朝の歴史の記録を巡って、西郷と伊藤は朝鮮侵略で意見の対立を生むようになる。恐らく、西郷は、日本の南朝がどういう存在なのかを、朝鮮王朝に説明しに行く腹積もりだったのだろう。つまり、必要によっては、明治天皇の素性を明かすことも念頭に入れたものと思われる。西郷には、西洋の植民地支配に対する大アジア連合という構想もあったからである。

 この西郷の行動に焦ったのが、岩倉と伊藤で、大隈が、岩倉側に寝返ることで、先手を打って、大久保を使い、人の良い西郷の弟の従道らを取り込んで、西郷の外堀を埋め、最後は、明治天皇まで、西郷を裏切らせた。西郷は、この時点で、長州に利用されていたことを知るわけで、明治維新の失敗を自覚する。大隈は、西郷を、このことで馬鹿にしたそうである。私は、大隈が大嫌いで、勿論、伊藤などは生まれてきたことさえも間違いだと思っている。

 西郷以下の新政府閣議で決定した、西郷の朝鮮行きを、岩倉に唆され、明治天皇は裁可しなかった。つまり、正規の手続きで決まった、西郷の朝鮮派遣を、天皇が裁可しなければ、閣議を不信として、解散しなければいけないのに、西郷の朝鮮派遣に賛成した者だけが、解任され、征韓論という汚名を着せられ、下野させられるのである。西郷はさぞ無念だっただろう。

 明治大室天皇は、西郷ではなく、伊藤を信じた。晩年になって、この過ちに気づき、西郷には申し訳なかったと涙したという。

 西郷を西南戦争で闇に葬った伊藤は、朝鮮王朝をターゲットに、ロシアに密かに通じていた朝鮮王朝の王妃の閔妃の暗殺を謀る。日本の朝廷での孝明天皇殺しを、陸奥宗光を仲介して、朝鮮でも行い、同じ罪を繰り返す。もはや悪魔の伊藤にとっては、一度も二度も同じなのだろう。

 この間の成り行きを静かに見守っていた勝は、徳川家存続が決まったら、伊藤に対して、世論や山県、大隈、薩摩の残党らを使って、伊藤の朝鮮への侵犯に対して、密かに抵抗を試みるが、敵対者のいなくなった伊藤は突っ走る。勝はもっていた情報を小出しに暴露していったようだが、伊藤の提灯持ちたちに、妄言といわれ、揉み消されたようだ。

 伊藤が自業自得で暗殺されると、今度は山県らの長州の残党らが引き継いでいく。明治維新の真相は闇に葬られてしまったので、欧米のメーソンが日本の小者たちを使って、意のままに支配していく。伊藤は恐らくメーソンの手のもの(上海)に殺されたのだろう。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2012年08月30日 13時30分08秒
コメント(0) | コメントを書く
[軟弱日本を斬る!] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: