シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年08月30日
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カテゴリ: 軟弱日本を斬る!
 明治維新とは一体なんだったのだろうか?と考えると、日本に流れてきた民族の葛藤の闇の歴史という他はない。

 それは、明治天皇大室寅之祐、幼名は寅吉だったそうだが、その名前も象徴的である。寅といえば、虎の巻きのトーラーである。だから、勤皇の志士(獅子)が、寅を担ぐのは、ユダヤが、トーラーを掲げるという不可思議な意味にもなる。

 トーラーは、古代ヘブライ語では、「樹」を意味する。また、「神の掟」や「律法」の意味でもあるから、「神の言葉」を「とり」といったのだろう。カバラによれば、神の言葉は、「生命の樹」を使って、解釈できるので、神に耳を傾ける。つまり、時代の流れを感じるという意味にも解釈できる。

 ヨシは、古代ヘブライ語では、「掲げる」という意味があるそうだ。だから、「新しい時代の流れに応じろ」という風にもとれる。

 では、孝明天皇の子の睦仁(むつひと)を、古代ヘブライ語でみるとどうなのだろうか?

 ムツは、ムスに通じ、「苔」や「古風、地を這う」という意味をもつようだ。ヒトは、日の徒(子)だから、太陽の子なのに、古風で地を這うという感じになる。

 だから、ムツヒトから、トラヨシになるのは、古代から新しい波を感じて、改革せよ、ということになる。明治維新を暗示していることになる。

 私利私欲が入り乱れた明治維新だが、身分制度撤廃だけは、唯一良いことだった!

 「天は人の上に人をつくらず」というのは、福沢の言葉ではなく、福沢の書いた「学問のススメ」が有名になることで、後世に知られた、明治当時にいわれていたことだったから、身分制度の撤廃が、明治維新の唯一の恩恵といえるだろう。



 ではなぜ、当時、「天は人の上に人をつくらず」といわれたのかといえば、非人の身だった寅吉や伊藤が、天皇や太政大臣の天下取りになったのだから、その皮肉を込めていわれたのだろう。幕府側の貴族の身から平民に落とされた連中が広めたのかもしれない。

 このように考えてみると、幕末は、戦国時代と似た様相だったのだろう。旧来の身分制の撤廃という意味では、戦国時代よりも、後世に意味をもった時代だった。

 つまり、下のものが上になる、というのが、明治維新の唯一の良い働きといえる。

 このことは、細かい点でも、例えば、維新に関わった人物の人生をみれば、明らかになる。暗殺した者は、暗殺されて死んでいるし、人を利用した者は、人に利用されている。

 例えば、西郷は、慶喜を陥れたが、今度は、自分が、伊藤に陥れられた。その伊藤は、メーソンに殺された。

 そのような些細な点までみていくと、結局は、「天は人の上に人をつくらず。」だったことは確かだろう。

 明治維新の闇の部分は、結局、太平洋戦争まで進んでいく。英国メーソンは、ロシア王政を打倒するのに、大日本帝国を利用した。

 その明治維新の闇は、これまでみてきたように伊藤による物質的な支配にはじまる。暗殺につぐ暗殺で、出世していくのは、まるで黒魔術の儀式さながらである。伊藤のやり方は、イルミナティ-メーソンの儀式に通じるものである。

 人間の内側の面の精神的な支配は、傀儡の天皇を用い、外側の物質的な支配は、戦争を前提とした海外との貿易である。

 この2つの闇の支配に対して、太平洋戦争のときに対峙するのが、出口王仁三郎である。

 傀儡の天皇による支配は、昭和には、天皇機関説として再現される。それは、幕末に、幕府初頭にあった公武合体説が、再現されたのと同じである。闇の支配は、精神の機械化からはじまる。明治天皇亡き後の国家神道を中心とした神格化の再現である。



龍馬暗殺と三菱財閥
http://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/757.html#readmore

 以下は、その抜書き。

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 三菱の創始者、岩崎弥太郎がチャンスをつかむのは、同郷の坂本龍馬が暗殺されてからで、後藤象二郎が「海援隊」 を自分のものとし、「土佐商会」 と改名し、その主任として岩崎を雇いましたが、後に岩崎が譲り受ける事になります。 



 この二人の悪事は、坂本龍馬の海援隊だけではなく、後藤象二郎はグラバーの高島炭鉱も二束三文で払い下げを受け、自分のものとし 「蓬莱社」 と改名し、これまた後に、岩崎に譲っています。 

 また、維新政府が全国統一貨幣制度に乗り出した時に、各藩が発行していた藩札を新政府が買い上げることを事前にキャッチした弥太郎は、十万両の資金を都合して藩札を大量に買占め、それを新政府に買い取らせて莫大な利益を得ていますが、この情報を流したのも新政府の高官となっていた後藤象二郎であります。これは明らかなインサイダー取引で、この2人は国を食い物にして私腹を肥やしていたのです。

 岩崎弥太郎は、高知県安芸市の地下(ちげ)浪人の長男として生まれましたが、とにかく貧乏で、幼少の頃から奇行や盗み癖が目立ち、泥棒をしては何度も刑務所に入っていました。 確か、司馬遼太郎の 「龍馬がゆく」 にも、この事は書いてあったと記憶しています。

 また、岩崎は、25歳の時吉田東洋の門下生となり、土佐藩の命で長崎に派遣されましたが、藩費を浪費・使い込み、翌年解職されています。もっとも、何度も刑務所にブチ込まれている彼としては、何ら経歴に傷がつくほどの事ではなかったと思われます。

 17-18世紀にヨーロッパで興った 「啓蒙思想」 が産み落とした 「理性」 「自由」 「平等」 「博愛」 「自然科学」 の 「フリーメーソン思想」 により、欧米諸国は近代国家として大きな発展を遂げ、  

 江戸末期に、フリーメーソン思想に染まった欧米諸国に開国させられ、明治維新を成し遂げた日本も近代国家の道を歩むようになりますが、封建制度が廃止され、職業軍人としての特権を奪われた武士階級に代わる、国民皆兵の徴兵制度によって、農民や一般庶民が武器を手に取り、国家総動員での戦争が始まるようになりました。

 これこそが、フリーメーソンに寄生した 「イルミナティ」 、戦争男爵ロスチャイルド、など軍需産業の死の商人達の望むところなのであり、日本は明治維新後、日清・日露戦争、そして第一次・第二次世界大戦と戦争に明け暮れるようになり、政府とべったり癒着した軍需産業から、多くの財閥が生まれることになります。

 新政府の国民皆徴兵制より、職業軍人としての特権を奪われた士族の反乱が続く中、西郷隆盛は、明治10年(1877年)に私学校生徒の暴動から起こった西南戦争の指導者となるも、田原坂の激戦を経て、生まれ育った鹿児島に戻り、城山での最後の決戦に散りました。 

 こうして、徳川封建制度で長く続いてきた士農工商の身分制度はなくなり、明治維新は事実上、成し遂げられる事になります。西郷隆盛、享年49歳。

 ある意味で西南戦争も、旧式の武器である刀を持った職業軍人としてのプライドを持つ武士たちが、銃を持った農民・一般庶民で構成された新政府軍に敗れて、散ってゆく姿は象徴的であると思います。

 日本を開国させた欧米の次のターゲットは朝鮮、さらに日本を使って中国からロシアを追い出すことでした。そして、1874年(明治7年)に台湾出兵が行われ、朝鮮開国、日清・日露戦争に突き進んでゆきました。  

 そして、中国に進出した三菱は、阿片ビジネスに手を染めるようになります。

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 以上からわかるように、帝国海軍は、三菱を通じてメーソンの巣窟となっていく。





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Last updated  2012年08月30日 15時19分01秒
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