シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

2012年09月19日
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カテゴリ: 神秘体験空間
 前回は、反日運動の背後の悪の目論見を見抜くことが重要であり、そして、老子が説く第33章は、悪の対応によいことを述べた。

 そして、「タオの法則」から、第33章を抜粋し、紹介する。

  ☆  ☆  ☆



 幸せな心になると 幸運もやってくる

 求める幸運は「欲」であり

 やってくる幸せは「快」である


 現象にとらわれると、人生は、迷路になる。Aという人を見て、腹を立てる人もいれば感謝する人もいる。腹を立てる人は、他の人を見ても腹を立てる。怒りのモードの世界にいるから、怒りモードでしか人を見れず、次々に腹を立てなければならないことが舞い込んでくる。

 人間は現実を見ているようで、現実を見てはいない。自己の世界を見ているにすぎないのである。

 原因は外にあるのではない。今までの体験で積み重なった観念のフィルターで人は世界を体験する。現実を体験しているようで、真の現実は体験していないのである。

 真の現実は、交感と共にある。人間の心が真の快感を感じる時、自身は気づかずとも、見えざる次元で存在との交感が始まっている。交感にある時、人は現実を生きている。現実という、今を生きている。この宇宙は快の連続体だ。

 それゆえ、宇宙からはずれ、観念の世界に入り込むと、快を失う。現実(快)の喪失は、孤独を生み、愛を失わせ、その反動で、欲を生む。

 交感のあるところには充足があり、そこが、タオの入口となる。



 というように、幸福を外に求めれば求めるほど、自分を不幸に感じ、不満が蓄積する。

 例えば、反日運動などで、不満を外にぶつけることは、一時しのぎにはなるかもしれないが、自分のなかに、不満をつくる性質がある限り、問題解決にはならないばかりか、不満があれば、なんでも外にぶつければよいという錯覚を生んでしまう。

 一端、そのような習性を身に着けてしまうと、なんか不満があれば、外にぶつけて済まし、満足を永遠に知ることなく、絶えずなんらかの不満やストレスを抱える存在となる。

 そのうち、自分でも、歯止めが利かなくなり、自分の不満を自分でもどうしていいかわからなくなり、他者の不満も餌にして、終には、過激な暴力を振るう獣と化す。

 そのような獣を育成するのが、悪魔の目論見なのである。

 悪魔は、自分の手足となる僕が欲しいのだ!

 人類のなかから、人類に不満を持つ輩を探して、自分の手下とし、人類同士で競わせて、支配するのが、悪魔の目論見なのである。

 そのような人類の裏切り者にならないように、キリストは、「一方の頬を打たれたら、他方の頬を差し出しなさい」、と述べた。

 悪があるから、善の発露もある。悪に悪をもって対峙するのは、悪の目論見に嵌ることである。悪に対しては善で対峙しなければならない。

 結局、自分で自分を満足させることができないから、他者に迷惑をかけ、他者を遣おうとするわけだ!

 忠武飛龍さまのコメントに感化され、以下に付け加えます。 



 タオ=真人は、自分のなかにある。不満を発する時点で、タオがみえていない!

 自分をみつめれば、世界がみえてくる。人は皆、タオ=真人を通じて、世界とつながっているからである。





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Last updated  2012年09月19日 23時46分53秒
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